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VARIANTAS ACT 16 心のありか

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 一人、単独、孤独。
 なら、私は死んだのか?
 それにしても寂し過ぎる。
 お迎えの一人も、先輩方の姿も見えない。
 さやさやと、私の髪が靡く。
 そうだ…。私は落ちている。
 落ちていて、この先どうするのだろう…。
 遠い彼方に煌めく、星のような光。
 光はやがて天使の姿を形どり、私に手を伸ばした。
 そうだ、私は待っていた。
 その手で私を捕えて二度と離さないで欲しい。
 ずっと、ずっと…。 

 私は天使へ手を伸ばす。




***************





「馬鹿な…!?」
 ヴィドックがそう叫んだ時、彼を乗せる装甲リムジンは、ハイウェイの上で渋滞にはまり、その脚を失っていた。
 その車中で聞いた、ジーナ=バラム奪略の知らせ。
 それは、電波障害が消えたまさに直後だった。
「確かなんだな?」
 ヴィドックは、車のハンドルを握る少尉に、念を押すように問う。
「はい、幸い殉職者は出ていないようですか、15名が稼動不能。バルク大尉が負傷した模様です」
 苦虫を噛み潰すヴィドック。
 突如として発生した電波障害は、ASAF隊員を確保して既に撤収準備に取り掛かっていたGIGNの指揮系統を壊乱せしめ、その統率力を奪っていた。
 その上、この渋滞。
 艦に戻る自分。部隊撤収のタイミング。そして電波障害による各種機能障害。
 その全てが重なり発生した、最悪の状態。
 完全に虚を突かれた形だ。
「発生源の特定は?」
「中央電波基地。部隊を送りはしましたが、もう…」
 ヴィドックの眉間に刻まれる深い皺。その表情から溢れる怨念は、深く、強い。
 その時、突然少尉が、耳に付けたインカムを指で押さえながら、ひどく取り乱した様子で叫んだ。
「少佐!!」
「どうした」
「治安局が、アストレイに対する作戦行動を正式に公表しました!」
「何だと!?」
「それと同時に、アストレイが関係した事件も公表! その中に、サンヘドリンに対するテロ支援の項目が…!」
「新統治治安法第26条…! サンヘドリンに対する敵対行動は、人類に対する敵対と見なす…!」
「つまりアストレイには、各条約と交戦規約が適用されません…」
「ASAFの行動は合法になったと言う訳か…! やってくれるな…! アングリフ!」
 その時、ヴィドックの通信端末が着信。彼は端末をとり、通話タブをクリックした。
「私だ」
「やあ、ヴィドック。万事順調かい?」
 ヴィドックにとって、最も聞きたくない声が端末のスピーカーから流れた。
「アングリフ…! 貴様なぜ私の番号を…!」
「餅は餅屋と言う訳だよ。それより、これからどうする、ヴィドック」
「それはこちらの台詞だ。貴様の目的はなんだ、アングリフ!」
「目的? 我々はただ、降り懸かる火の粉を振り払っただけだよ」
 そう言って笑うアングリフに対して、ヴィドックは少しの沈黙を挟んでから低い声で言った。
「貴様がいつも笑顔でいる理由を、答えてやろうか?」
 沈黙のアングリフ。しかしヴィドックは、言葉を続ける。
「殺し過ぎた人間は、一切を通り越して笑っているしかなくなる…。一を殺し苛まれ、十を殺し慣れ始め、百を殺して無感覚。私も大戦中は多く殺した。だが、おまえは幾つ殺した?千や二千じゃない筈だ」
「千殺さなければ我々の後ろにいた万が死んでいた」
「そうだ、だがお前が殺したのは兵士じゃない。忘れたとは言わせんぞ、アングリフ。マルタ島沿岸に埋まっている3000! 20年前、貴様は我々に何をさせた!? あの日、あそこに居たのは非戦闘員だけだったぞ!」
「女が子を産み、子供がやがて兵士になる。殺して殺され殺し返して…。『あいつの爺さんが自分の爺さんの敵だから』と女子供が腕をちょん切られる。そんな連鎖を断ち切るにはそれしか無いんだよ、ヴィドック」
「アングリフ、貴様人の命を何だと思っている。同じ事を、自分の娘にも言えるか!?」
「ヴィドック、ならその数千の上には何が建っている?」
「何?」
「例えば世界に医薬品を供給するバイオリアクター。例えばパイプライン。例えば栽培プラント。その恩恵をお前も受けている。その数千はそれらの礎に過ぎない。大戦という巨大な行為の中で、たかが数千の命に何の意味がある? 私は戦後の為、それら全ての命に敬意を払いつつ、皆殺しにした。それに、処罰すべきは結果ではなく、原因だ。娘も同じ考えでいる」
「処罰…だと…?」
「ヴィドック、私と共に来い。これから面白くなる」
 ヴィドックは奥歯を噛み締めて拳を作り、そして。
「貴様への憎しみで生きてきた七千三百余日…。その全てが、それを許さない。答えは出ている」
「そう、残念だよ。そうだヴィドック、最後に一つ教えてあげるよ。お前の所に入って来ていた情報は驚く程正確だった筈だ。そして私の所へ入って来た情報もこうしてまた正確だ」
 少尉がゆっくりと振り返り、ヴィドックの目と合う。
「………!!」
「ヴィドック。お前は先ず、足元を固めるべきだった。内側と外側、両方を」
「アングリフ!!!」
 端末の向こう側で、アングリフが呟いた。
「ファイヤ」
 突然車体に、ハンマーで叩かれたかのような衝撃が走り、自分の左側の、分厚い防弾ガラスが白く濁る。
 酷い耳鳴りと、衝撃による目眩がヴィドックを襲う。
 ――撃たれた!? 何処から!?
「ファーストショット、ヒット。半徹侵で止まる。セカンドショット、エイム…」
 双眼鏡を覗くエイトが目標の被害報告をガントに伝え、風速などの微妙な環境誤差を修正。35mmゲルリッヒライフルを構えるガントが奥歯を噛み締めてトリガーに指を掛ける。
 ――アングリフ…
 ヴィドックが、端末を持った右手を力無く降ろし、頭をうなだれて呟く。
 ――友を利用し…、部下を餌にし…、娘を犠牲にし…、そこまで…そこまでして、お前は何をしようとしているんだ? アングリフ、いや…この死神め… 
「…ファイア」
 二発目の弾丸が、初弾の着弾点に寸分違わず命中し、防弾ガラスを撃ち抜いた。
 撃ち抜かれた窓の反対側に弾がめりこんで車が揺れ、車内に血糊が撒き散らされる。
 そして、それに遅れて銃声が響く。
「ヒット、貫徹。目標の完全破壊を確認」
 エイトはそう言うと、ゆっくりと双眼鏡を降ろした。
「距離7000m! 大したもんだぜ、ガント」
 ガントはライフルを置き、冷静に答える。
「戦時中はもっと凄いのが居たさ。しかしポンコツでも案外当たるもんだな。骨董品も捨てたもんじゃない」
「なんだ? 恋しちまったか?」
「捨てるには勿体ないがな…」
 サイレンの音と、パトライトの光が近付いてくる。
「エイト、急いで仕上げた。自治警が嗅ぎ付けたぞ」
 ガントはそう言うと、ライフルの側に安置してあるボディーバッグのチャックを開いた。
 その中にあるのは死体。頭を撃ち抜かれた、カラドの氷漬けの死体だ。
 二人は、その死体と高性能爆薬を詰め込んだバッグを、ライフルの側に置き、時限起爆装置を起動させる。
 廃ビルを後にする二人。
 二人が、廃ビルから十分な距離を取ったその時、仕掛けた爆薬はライフルとカラドの死体を共に吹き飛ばした。
 その様子を見て、エイトがぽつりと呟く。