VARIANTAS ACT 16 心のありか
Captur 1
「容態は?」
白衣を着た医師が看護士に問う。
答える看護士。
「血圧・100の56、意識レベル・9、脾臓破裂による腹腔内出血と左肋骨4・5・6番骨折。危険です」
「もう一人は?」
「右肩部貫通銃創、動脈出血。鎖骨及び肩甲骨の粉砕骨折です」
「よし、緊急オペだ」
捜査官とガントがストレッチャーに乗せられ、医師と看護士と共に病院の白い廊下へ消えてゆく。
それを呆然と見送るジーナの横には、困った表情のジムと、苦虫を噛み潰したかのようなエイトが立っていた。
「ガント…」
ジーナが、ぽつりと呟いてから壁に寄り掛かった。
ファントムが居た。
教官と同じファントムが。
そのファントムに、ガントが撃たれた。
私はガントと自分の姿を重ねていた。
教官に撃たれる自分を。
何故だろう…?
私を撃つ教官?
私が教官を撃ったからかな?
教官を…?
あれ…?
教官は…?
突然、エイトとジムの二人が引き締まった表情で敬礼する。
アングリフが、ジーナの目の前に立った。
「局長…」
「ご苦労さん」
そう言うアングリフの顔を、ジーナは睨みつける。
「教官が…、ティック=スキンド大尉が取り残されました。直ぐにASAFの本隊を向かわせて下さい」
「うーん…」
冷静な声の彼女。
それに対し、アングリフは考え込むように唸るだけだった。
「敵にはファントムが居ました」
「そうだね」
「…知っていたんですか?」
「まあね。ついでに言うとHMAもある」
ジーナがアングリフに叫んだ。
「局長はこうなる事を解っていて教官を呼んだんですか!? 私達の事も利用して!? それでガントは…! 教官は…!」
突然、アングリフの手の平が彼女の額を押さえた。
そのまま下げられる彼の腕と共に、ジーナはペタリと床へ座り込む。
身体が起きない。
MAPSを装着していると言うのに、生身の人間の力に勝てない?
「ジーナ=バラム一等官」
アングリフはジーナの額を押さえ付けたまま、彼女の顔をじっと見下ろした。
「君は一つ勘違いをしているようだ。私は君達を利用したつもりは無い。君達は任務を遂行し、成功させた。犠牲は払ったが、君達は生きている。それはティック大尉のお陰なんじゃないのかい?」
「でも教官が…!」
「君は彼の事を何も分かってない。彼はファントムだぞ? 亡霊は亡霊にしか殺せない。信じろ、彼を。彼も君の事を信じたのだろう」
アングリフはそう言って、ジーナの額から手を退かした。
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「行け!」
カラドが、機装部隊に退避を促す。
「しかし!!」
「お前たちは目的を達成しろ! 行け!!」
機装部隊は、カラドのHMAを見つめながら退避してゆく。
息をつくカラド。
次の瞬間カラドは、機体右腕に装備されたマシンカノンを狂ったように連射する。
「やらせはせん!」
まるで奔流のような、徹甲弾の雨。
ティックはそれを、寸で回避。
砲弾が地面を刔り、土を掘り返す。
ティックの手の中で、アーマグが唸る。
電磁加速飛翔体射出装置、同時連続発射モード。
3発分のエネルギーをチャージ。
トリガー。
アーマグから発射される3発の10mm徹甲弾。
だがその弾丸は、360h1の増加装甲に阻まれ砕けた。
「フッ…、大戦中なら未だしも、現用機の特殊装甲にそんな小型のEMLなど通用せん! 時代遅れだ!」
ティックは、連射される徹甲弾を避けながら、機装兵の死体が持っていたロケットランチャーを取り、HMAへ向けて撃った。
カラドはそれを、左腕の小型シールドで防御。
シールドの表面で、ロケット弾が爆ぜる。
「目くらましのつもりか? 無駄だ!」
今度はカラドが、左小型シールドの裏に内蔵されたグレネードランチャーを発射。
迫る成型炸薬弾。
ティックはそれを迎撃。
炸薬弾が空中で爆ぜる。
次の瞬間、カラドの機体が爆炎を突き破り、ティックを地面ごと蹴り飛ばした。
砂埃と共に宙を舞うティックのボディーは、そこから数十m近く吹き飛ばされ、営舎の外壁にたたき付けられる。
「死ね! ファントム!」
機体の肩部ミサイルポッドから、対戦車ミサイルが撃ち出された。
アクティブホーミングで6基。
起き上がり、スラスターで走るティックを追尾している。
「闇より生まれし業は闇へ帰る。亡霊の闊歩もこれで最期だ!」
着弾するミサイル。
複数の爆発がティックを飲み込んだ。
大輪の華を咲かせる赤い爆炎。
突然、レーダーに反応。
上空から接近する移動物体。
「なに!?」
機体を振り向かせ、空を見上げる。
そこには、右手の超振動破砕機を起動させたティックがいた。
「…奴は…、あのミサイルを全て回避したのか!?」
不敵な笑い。
「さすがは楽しませてくれる!」
カラドはマシンカノンを上空へ構え、トリガーを引いた。
火を吹くマシンカノン。
上空から加速するティックは、その射線を回避する。
「下手ァクソ!」
マシンカノン、弾数0。
カラドは、ミサイルの全弾をティックへ向かって放った。
8基の誘導弾が、尾を曳きながら空へ昇っていく。
ティックは、その空気を切り裂くミサイルの弾幕の中に突入し、スラスターを使いながら縫うように回避。
目標を見失い、彼の後方で6基のミサイルが爆発する。
接近する2基のミサイル。
ティックの右手が、その2基のロケットモーターを刔り取る。
幾つもの爆炎が、空を焦がした。
「ファァァァントォォォムッ!」
爆炎を抜けるティックのボディー。
カラドは機体の右腕を振り上げ、ティックへ向かって拳を突き出した。
機体の拳と言う巨大な質量弾。
衝突寸前、ティックはその巨大なパンチを踏み付け、拳を足掛かりに大きくジャンプする。
「拳を踏み台にしたッ!?」
その瞬間、ティックの右足が、HMAの目であるメインカメラを砕いた。
衝撃でバランスを崩す機体。
カラドは、よろける機体を巧みに操作し機体脚部を踏ん張らせる。
「(メインカメラをやられたか…! サブカメラも! レーダーは辛うじて無事か…。反応は…? …無し! アクティブステルスかッ! どこだ!? 奴は…!?)」
感覚を集中させるカラド。
突然、彼の背中に寒気が走った。
機体の正面20m。
そこには、HMAへ向かってアーマグを構えるティックが居た。
電磁加速飛翔体射出装置、出力最大。
最終ロック・リリース。
リミッター解除。
青白い放電を纏うアーマグの銃身。
下肢部に力を込めるティック。
打ち出される弾丸。
その弾丸は、彼のHMAへ真っ直ぐ向かい、命中する。
後方へ突き飛ばされる、数十tもの鉄塊。
身体を突き上げる強烈な衝撃に、思わずうめき声をあげるカラド。
最大出力のアーマグから放たれた10mm徹甲弾は、機体胸部のチョバムアーマーを粉砕し、チタン・セラミック複合素材の胸部正面装甲板3枚を貫き、4枚目の最終装甲板にめり込んで、ようやく止まった。
地面を蹴るティック。
彼のボディーは軽やかに宙を舞い、一息でカラドのHMAに到達。
作品名:VARIANTAS ACT 16 心のありか 作家名:機動電介