VARIANTAS外伝 LastWill
スラスターを吹かし高速で機動する機体が、被弾破損した右腕を肩からぶら下げたまま90mmアサルトライフルを連射する。
味方は全滅し、弾薬も底を尽き始めた。警告音も先程から鳴り止まない。
唯一生き残ったIRセンサーが、急速に接近する熱源を捉える。
モニターに表示される、『ミサイル接近』の文字。チャフを撒き、回避運動に入った機体を、高運動エネルギーミサイルが打ち砕く。
焼け焦げた肉の臭いと、熔けた鉄の熱。血。最後に覚えているのは、それだけだ。
1.
――戦場が新たな贄を求めている。手足だけでは飽き足らず、魂そのものの返済を。
左腕の疼きに苦しむ彼は、脂汗の滲む額を押さえ、ベッドの上で黙した。失われた左腕は未だに取り戻されていない。戦傷者の数が多く、基地の医療施設だけでは命を取り留めるだけで精一杯だ。
そんな彼が、基地の作戦参謀に呼び出されたのは、あの戦闘から三ヶ月が経った頃だった。
「傷の具合はどうだ、少尉」
「もうなんともありません、参謀殿」
「そうか。少尉、左腕を取り戻したくないか?」
参謀は唐突にそう問うた。
「と、いいますと?」
「基地の医療施設はもう、お前のような比較的軽い負傷にしか手が回せない。延命治療でどうにか凌いでいる重篤な兵士約1000人の命も、もう持たない。だから我々は、この1000人を医療センターまで移送する事を決定した」
「緊急軍医療センター…。確かにあの慈善団体の施設なら1000の兵士を救えるでしょうし、私の左腕も再生出来るでしょう。しかし、私は1000の兵士の一人では無いはずです」
「君は負傷兵として行くのではない。戦闘員として行ってきて貰いたい。道中、敵の襲撃に備えてだ」
「参謀殿。私はもう、HMAには…」
参謀は立ち上がって言った。
「少尉、新しい機体を与える。360型だ。第三ハンガーで待機。出発は24時間後だ」
2.
――無数の敵機が、自分と仲間に迫ってくる。それなのに何故、俺は何も出来ずにいる?今見送った、輪郭のはっきりしない人物は一体誰だ?
「随分と手の込んだ機体だな。私が乗る必要性が見当たらない」
彼は第三ハンガーで、自分の機体にそう言った。
今回彼に与えられた機体は、ジェネシックインダストリー社製の機動装甲、HMA-h1360型だ。
この機体は、h1型をオプションパーツで強化した局地戦型機動装甲で、値は張るが特に珍しい物では無い。ただ唯一他と異なっているのが…
「私はあくまでもパイロットの補佐を目的に作られました。経験値やチューニングコードの関係上、完全自律機動はまだ出来ません」
この機体に積み込まれた戦闘支援知性体だ。
この知性体は“HAL”と名付けられていて、機体パイロットの支援…、つまり、戦況や敵との位置・距離を瞬時に読み取り、演算。パイロットの行動を補佐し、補完する人工知能。事実、この知性体の機能により、片腕の無い彼でもこの機体を操る事が出来る。
これが今回、4機、ジェネシック・インダストリー社によって無償で提供されたのだ。
「どうしました?心理グラフにノイズが有ります」
「参ったな。このヘンテコなスーツはそんな事までスキャンするのか?」
体に密着した、表面に銀線の走るスーツ。
「ヘンテコなスーツではありません。これはHALとあなたを繋ぐ物です」
HALが問う。
「恐いのですか?」
「誰でも死ぬのは恐いさ。そう言うお前は恐くないのか?」
「自己保存プログラムによる危機回避欲求が、人間で言う所の“恐怖感”であると仮定するならば、恐くないと言えば嘘になります」
「…随分遠回しな答えだな」
「製作者の影響です」
「どうせ理屈っぽい優等生みたいな奴なんだろ?」
「いえ、私の製作者…、母はそのような方ではありません」
「母?」
「エステル=レイ・クロフォード、脳医学者。優しい女性です」
「脳医学者がAIを?」
「私は機械式知性の最終試験体です。私のデータは次の段階に引き継がれます」
「これ以上何を作ろうって言うんだ?」
「バイオコンピューター」
「なんだって?」
「母の夢は、人脳の完全人工再現です」
意味を問い質そうとしたその時、ハンガーにアナウンスが流れた。
「輸送機乗組員は直ちに搭乗を開始せよ」
彼は機体に乗り込み、出撃準備に入った。
コックピットハッチ閉鎖。
メインモニターに光が灯り、それに遅れて各種コンソールが現れる。
地面を振動させながら、機体を乗せたプラットホームが輸送機に近付いていく。積み込まれる機体。彼は収容が完了した事を確認すると、機体の全システムを起動させた。
「本部、こちら一号機。輸送機への着床を確認。全システム、異常無し」
「一号機、こちら四号機だ。お互い似た境遇らしいな。俺は両足が無い。必ず生きて帰ろう」
「ありがとう、私は左腕が無い。帰ったらビールでもおごろう」
「本部より入電。1200より順次離陸。進路、9234」
HMAを載せた二機の輸送機と十機の大型輸送機が次々に、その巨体をゆっくりと離陸させて行く。
敵対空レーダー網に掛からないように低空を前進していく編隊。今の進度では、我が方の領空を出るのに丸一日、敵勢力下を掠めながら、DMZに到達するのに、また1日かかる。
「お休みになりますか?」
ほんの少しの疲れを関知したHALが問うてくる。
「ああ、頼む。深い、生理現象も低下するやつを」
「了解しました」
首筋にセットされた投薬アンプルから、無針注射が施される。
薬の作用に身を委ね、静かに目を閉じる。死の恐怖を忘れられるように。しかし眠りは、死と同じだと言う。その間彼は、確かに死を経験しているのだ。
3.
――私の目の前に立つ、この女は誰だ?この理解できない安堵感は、一体なんだ?
一瞬の闇の後、辺りは突然、喧騒に包まれた。
「レッドアラート!? 敵襲か!」
頭を左右に振り、密閉ヘルメットを被る。
投薬アンプルから神経ブースターが注入され、身体の浮くような感覚と共に全身の神経が研ぎ澄まされる。
「スタンバイモードから、アクティブモードへ。タイブシークエンス」
「了解、システムオールグリーン。カタパルトテンショニング。3、2、1、降下」
彼の乗る機体が、輸送機から空中に射出された。
ミサイルアラート。その瞬間、輸送機にミサイルが着弾。紅蓮の炎を上げた機体が、膨張した火球と共に散る。
負傷兵を載せた大型輸送機達は一斉にフレアを射出。フレアの煙が、天使の羽を作る。高度を上げる輸送機群。だがその時、一機にの輸送機にミサイルが命中。空中で分解した機体から、黒い粒のような物が撒き散らされた。燃えているもの有ったが、その全てに生体反応が有った。
人だ。人が、降っていく。
「一号機、こちら三号機だ! 進路上に敵部隊発見! 位置は…」
「こちら一号機! どうした応答しろ!」
「一号機! こちら二号機! 先頭の三号機がやられた! 機動装甲4機! 対空車両まで! 奴ら用意していたみたいに…!」
足元に広がる広大な旧市街地。赤外線スキャンと対地レーダーに複数個の反応。対空砲車両6とMBT3。
味方は全滅し、弾薬も底を尽き始めた。警告音も先程から鳴り止まない。
唯一生き残ったIRセンサーが、急速に接近する熱源を捉える。
モニターに表示される、『ミサイル接近』の文字。チャフを撒き、回避運動に入った機体を、高運動エネルギーミサイルが打ち砕く。
焼け焦げた肉の臭いと、熔けた鉄の熱。血。最後に覚えているのは、それだけだ。
1.
――戦場が新たな贄を求めている。手足だけでは飽き足らず、魂そのものの返済を。
左腕の疼きに苦しむ彼は、脂汗の滲む額を押さえ、ベッドの上で黙した。失われた左腕は未だに取り戻されていない。戦傷者の数が多く、基地の医療施設だけでは命を取り留めるだけで精一杯だ。
そんな彼が、基地の作戦参謀に呼び出されたのは、あの戦闘から三ヶ月が経った頃だった。
「傷の具合はどうだ、少尉」
「もうなんともありません、参謀殿」
「そうか。少尉、左腕を取り戻したくないか?」
参謀は唐突にそう問うた。
「と、いいますと?」
「基地の医療施設はもう、お前のような比較的軽い負傷にしか手が回せない。延命治療でどうにか凌いでいる重篤な兵士約1000人の命も、もう持たない。だから我々は、この1000人を医療センターまで移送する事を決定した」
「緊急軍医療センター…。確かにあの慈善団体の施設なら1000の兵士を救えるでしょうし、私の左腕も再生出来るでしょう。しかし、私は1000の兵士の一人では無いはずです」
「君は負傷兵として行くのではない。戦闘員として行ってきて貰いたい。道中、敵の襲撃に備えてだ」
「参謀殿。私はもう、HMAには…」
参謀は立ち上がって言った。
「少尉、新しい機体を与える。360型だ。第三ハンガーで待機。出発は24時間後だ」
2.
――無数の敵機が、自分と仲間に迫ってくる。それなのに何故、俺は何も出来ずにいる?今見送った、輪郭のはっきりしない人物は一体誰だ?
「随分と手の込んだ機体だな。私が乗る必要性が見当たらない」
彼は第三ハンガーで、自分の機体にそう言った。
今回彼に与えられた機体は、ジェネシックインダストリー社製の機動装甲、HMA-h1360型だ。
この機体は、h1型をオプションパーツで強化した局地戦型機動装甲で、値は張るが特に珍しい物では無い。ただ唯一他と異なっているのが…
「私はあくまでもパイロットの補佐を目的に作られました。経験値やチューニングコードの関係上、完全自律機動はまだ出来ません」
この機体に積み込まれた戦闘支援知性体だ。
この知性体は“HAL”と名付けられていて、機体パイロットの支援…、つまり、戦況や敵との位置・距離を瞬時に読み取り、演算。パイロットの行動を補佐し、補完する人工知能。事実、この知性体の機能により、片腕の無い彼でもこの機体を操る事が出来る。
これが今回、4機、ジェネシック・インダストリー社によって無償で提供されたのだ。
「どうしました?心理グラフにノイズが有ります」
「参ったな。このヘンテコなスーツはそんな事までスキャンするのか?」
体に密着した、表面に銀線の走るスーツ。
「ヘンテコなスーツではありません。これはHALとあなたを繋ぐ物です」
HALが問う。
「恐いのですか?」
「誰でも死ぬのは恐いさ。そう言うお前は恐くないのか?」
「自己保存プログラムによる危機回避欲求が、人間で言う所の“恐怖感”であると仮定するならば、恐くないと言えば嘘になります」
「…随分遠回しな答えだな」
「製作者の影響です」
「どうせ理屈っぽい優等生みたいな奴なんだろ?」
「いえ、私の製作者…、母はそのような方ではありません」
「母?」
「エステル=レイ・クロフォード、脳医学者。優しい女性です」
「脳医学者がAIを?」
「私は機械式知性の最終試験体です。私のデータは次の段階に引き継がれます」
「これ以上何を作ろうって言うんだ?」
「バイオコンピューター」
「なんだって?」
「母の夢は、人脳の完全人工再現です」
意味を問い質そうとしたその時、ハンガーにアナウンスが流れた。
「輸送機乗組員は直ちに搭乗を開始せよ」
彼は機体に乗り込み、出撃準備に入った。
コックピットハッチ閉鎖。
メインモニターに光が灯り、それに遅れて各種コンソールが現れる。
地面を振動させながら、機体を乗せたプラットホームが輸送機に近付いていく。積み込まれる機体。彼は収容が完了した事を確認すると、機体の全システムを起動させた。
「本部、こちら一号機。輸送機への着床を確認。全システム、異常無し」
「一号機、こちら四号機だ。お互い似た境遇らしいな。俺は両足が無い。必ず生きて帰ろう」
「ありがとう、私は左腕が無い。帰ったらビールでもおごろう」
「本部より入電。1200より順次離陸。進路、9234」
HMAを載せた二機の輸送機と十機の大型輸送機が次々に、その巨体をゆっくりと離陸させて行く。
敵対空レーダー網に掛からないように低空を前進していく編隊。今の進度では、我が方の領空を出るのに丸一日、敵勢力下を掠めながら、DMZに到達するのに、また1日かかる。
「お休みになりますか?」
ほんの少しの疲れを関知したHALが問うてくる。
「ああ、頼む。深い、生理現象も低下するやつを」
「了解しました」
首筋にセットされた投薬アンプルから、無針注射が施される。
薬の作用に身を委ね、静かに目を閉じる。死の恐怖を忘れられるように。しかし眠りは、死と同じだと言う。その間彼は、確かに死を経験しているのだ。
3.
――私の目の前に立つ、この女は誰だ?この理解できない安堵感は、一体なんだ?
一瞬の闇の後、辺りは突然、喧騒に包まれた。
「レッドアラート!? 敵襲か!」
頭を左右に振り、密閉ヘルメットを被る。
投薬アンプルから神経ブースターが注入され、身体の浮くような感覚と共に全身の神経が研ぎ澄まされる。
「スタンバイモードから、アクティブモードへ。タイブシークエンス」
「了解、システムオールグリーン。カタパルトテンショニング。3、2、1、降下」
彼の乗る機体が、輸送機から空中に射出された。
ミサイルアラート。その瞬間、輸送機にミサイルが着弾。紅蓮の炎を上げた機体が、膨張した火球と共に散る。
負傷兵を載せた大型輸送機達は一斉にフレアを射出。フレアの煙が、天使の羽を作る。高度を上げる輸送機群。だがその時、一機にの輸送機にミサイルが命中。空中で分解した機体から、黒い粒のような物が撒き散らされた。燃えているもの有ったが、その全てに生体反応が有った。
人だ。人が、降っていく。
「一号機、こちら三号機だ! 進路上に敵部隊発見! 位置は…」
「こちら一号機! どうした応答しろ!」
「一号機! こちら二号機! 先頭の三号機がやられた! 機動装甲4機! 対空車両まで! 奴ら用意していたみたいに…!」
足元に広がる広大な旧市街地。赤外線スキャンと対地レーダーに複数個の反応。対空砲車両6とMBT3。
作品名:VARIANTAS外伝 LastWill 作家名:機動電介