さ・くら
2.土橋京(つちはし けい)と金森陽菜(かなもり ひな)
土橋京と金森陽菜。
家が隣同士で同い年の2人は、物心つく前からまるで兄妹のように育った。
そしてある年の春、2人は近くの公立中学へと入学した。
川沿いの道を、この春から通うことになった学校へと向かって歩く。京も陽菜も、無論他にも友人はいるのだが、なんとなく2人で通っていた。
あくびをかみ殺しながら歩いていた京は、不意に後ろへ引かれて足を止める。何かと思い振り返ると、土手からその枝を伸ばす桜を見上げる陽菜が、京の制服の裾を捕まえていた。
「――さくら」
どうしたんだと京が問うより先に陽菜が呟く。
「さくら?」
「……もう、散っちゃうね」
陽菜の言葉を受けて見上げると、確かに枝についている花はわずかしかなかった。そのわずかに残った花びらも、風が吹くたびヒラヒラと枝を離れて舞う。
「昨日、雨も降ったしな」
「……」
何より時期が時期なのだから、しかたがない。
散る桜を、哀しそうに見つめる陽菜の横顔を見ながら、はてと京は首を傾げた。この少女は、果たしてそんなに桜が好きだったろうかと記憶をたどるが、これまでに陽菜が桜を気にかけている素振りを見せたことは、残念ながらなかったはずだ。
何かあったのだろうか。
思ったことをそのまま聞いてみると、何故か陽菜は驚いたような顔で振り向いた。
「え? ……あ、――何もないよ」
京の疑問の理由に気付いたらしい陽菜は、笑って手を振り否定した。けれどその言葉をそのまま素直に受け取れるわけもなく。京が言葉の真偽を見極めようとするような視線を送ると、うーん、と唸る。
「――本当に、何も無いの。ないんだけど、ね……」
「……」
落ち着かない様子で前髪をいじる陽菜が、歯切れも悪く弁解しようとするのを見て、京は息を吐いた。一歩、陽菜へ近づいて、その頭を軽く叩く。
「いたっ」
何すんの、いきなりっと睨みつけてくる陽菜に、さっさと背を向けた京は、そのまま歩き出した。理不尽な攻撃を受けたとしか思えない陽菜は、その背中に重ねて文句を言おうと口を開くが、その口が音を発するより先に京が振り返った。
「遅刻、するぞー」
気のない声で告げられた言葉に、はたと気付く。そういえば登校途中だったと思い出して、小走りで先を歩く京のもとへと駆け寄った。
並んで2人、また歩き出す。
「……」
陽菜の様子は不審としか言いようがなかったのだが、言いたくないことならばしかたがない。京は気にならないわけでは決してなかったが、明らかに困ったような陽菜をそれ以上追及する気にはなれなかった。
けれど、後になってから京は、本当は追及するべきだったのだろうかと思い悩むことになる。
それは、この時は誰も知ることのない、未来のことだ。