さ・くら
1.火野梓(ひの あずさ)と土橋京(つちはし けい)
ざざっ、と風が吹いて梢が鳴る。
桜の花びらが、風に乗って一斉に舞った。
春ももう、終わる。
桜が舞う季節になると、何故か寂しさがこみあげる。
それを感じながら、火野梓はぎゅっとその手を握り締めた。
散りゆく姿は何故か綺麗だ。けれど、同時にとても切ない。
「火野ー?」
名前を呼ばれて梓は振り返った。その先にはクラスメイトの土橋京の姿があった。
「なに、どしたの」
「それはコッチのセリフだろ。んなとこにボーッと突っ立って何してんだよ」
邪魔だろ、と付け足されて、梓は少しばかりムッとして「失礼な」と返す。それでも、誰か人が通るなら本当に邪魔になりかねないので、端へと寄る。
「で?」
「は?」
「何してたんだよ?」
ひどく簡潔な問いに困惑した。しかし後から付け足された言葉に合点がいく。
省略するにもほどがある。心の中で文句を言いながら、別にと返した。
「キレイだな、って思って」
桜を見ながら付け足すと、京も釣られるように桜を見上げた。
ひらひらひらひらと、淡いピンクの花弁が舞っている。
「それで感傷に浸ってたのか? ……似合わねぇ」
「うっさいな、見てただけじゃんっ」
京の軽口が図星をついていたのと、からかわれたのが悔しくて、梓は隣に立つ京を睨みつけた。
どうせ、いつものように意地の悪い笑みを浮かべているだろうと思っていたのに。
「……」
「ああ、そういや向こうで月岡センセイが呼んでたみたいだぞ」
「……っ、そういうことは早く言え、ばかっ」
睨み上げた顔は、何故か泣きそうな微笑だったのだ。
それは初めて見る類の表情で、梓は今までにないくらいに動揺した。
見ている方が不安になるような、そんな微苦笑を浮かべながら京は桜を見ていた。なぜそんな顔をするのかがわからなくて絶句した。
けれどその後すぐ、まるで梓の見たものは幻か何かだったのかと思うくらいにいつものとおりに戻った京に、梓はさらにうろたえた。
その狼狽を隠すように怒ったフリをして京の指した方向へと早足で歩き出したのだが、果たしてそれは巧くいったのだろうか、わからなかった。
「……」
京は肩を怒らせて歩いていく梓の後姿を見送って、それからまた、桜の木を仰ぎ見た。
どこか思いつめたような顔。
けれど、ゆっくり3呼吸した後で、京は何もなかったかのように踵を返し、その場を後にした。