VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき
Captur 4
彼が彼女に託した物がある。
幾つもの修羅場をくぐり抜け、彼と一体になってきた鋼鉄の躯。
今や長き眠りに就いた、“長い腕”と呼ばれる赤銅色の機動装甲。
ロンギマヌス。
「時間だ」
見ず知らずの保安員が、椅子に座る彼女に言った。
私は何故、立ち上がるのを躊躇っているのだろう。
諦めた筈なのに…。
朝、あいつの部屋を出た時から分かっていた。
もう同じ世界にいない、と。
本当はずっと前から諦めていたのかも知れない。
サンヘドリンから、そして統合体政府から届いた死亡通知。
最初はみんな信じなかった。
あいつが生きてると信じてた。
でも時が経つにつれ、みんなの期待は薄れていく。
『どうせいつかは死ぬ身だ』
私も次第にそう思うようになった。
忘れなければと思うように。
でも気付いてみれば、誰も帰ってこないあいつの部屋で眠り、あいつの物だった“遺品”を見て泣く自分がいた。
傭兵はいつか死ぬ。
頭では分かっている事。
でも、心には受け入れられない事。
その事が頭を巡るうちに、私は生きてるあいつに会い、あいつの背中に縋り付き、あいつのベッドで眠っていた。
正直、自分でもなぜこんな事をしたのか分からない。
ただ会いたかった。
会いたくて、会いたくて…
でもあいつは確かに死んでいた。
私が見つけたあいつは、“傭兵・ビンセント=キングストン”ではなく、“サンヘドリン士官・ビンセント=キングストン”になっていた。
あいつは私に言った。
「もう戻らない」と。
私にロンギマヌスを預け、自治区のみんなには死んだことを貫き通す事を。
私は立ち上がって、帰りの舟に向かう。
私を送り届けるパイロットが、ハリーである事もあいつから聞いた。
ハリーにとっては災難だったと思うけど、生きててよかった。
舟に乗った私に、ハリーは全く変わらない笑顔で挨拶した。
そしてこう尋ねた。
「本当にいいのか」と。
私はハリーの顔をひっぱたいた。
叩かずにいられなかった。
ちょっとかわいそうだったけど、喜んでたからまぁいっか。
私達の乗る輸送機が、ハリーの操縦で滑走路に入る。
餞別替わりか、あいつは飛び切り大きな輸送機を用意していた。
ハリーはご機嫌だけど、うちの近くにこんな大きな輸送機降りれるっけ?
離陸体勢に入る機体。
ハリーが管制塔と話している。
この機が飛び立てば、ここには二度と戻れない。
でもそれは、あいつが望んだ事。
だから私は、この舟に乗る。
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「えっと…それで何でしたっけ?」
朝のハンガーで、レイズがサブに聞き返した。
答えるサブ。
「だから、バイパス回路!機体側のコンピューターに組み込んでおいたっす。出撃毎に使い捨てなんすけど、サラさんの負担は…って聞いてます?」
「え?あ、すみません…」
上の空のレイズ。
彼の心は別の事に向いていた。
「大丈夫っすかね?」
サブは術長にそう尋ねた。
「まぁ、急こしらえだからなぁ…。お嬢ちゃんがいりゃあもっと良いもん作れたけどな」
「いや、回路の事じゃなくて、シェーファーのみんなっす」
「シェーファー?ああ、そういやぁビンセントの坊主も対ビームコーティングの説明上の空だったけな」
「やっぱり“あれ”っすかね?」
「“あれ”だろうなぁ…」
「術長ー!」
一人の整備士が術長を呼ぶ。
「あー?」
「菊地金属から例のブツ、届きましたー!」
「おーう、ご苦労さん」
術長はツバを持って、キャップを被り直した。
「サブよう、お前変型ロボは好きか?」
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「行ってしまいます」
エステルはグラムにそう言った。
「ユリアか?」
「ええ、あのままでは少し気残りです」
「確かに…な」
「放って置かれるんですか?」
グラムがシャツを着る。
「夕べはその事ばかり考えていたのか?」
「少し心配なだけです」
「心配か…」
グラムは着替えの途中でエステルの方へ振り返った。
「今は地球の方が心配だがね…」
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何も無い地面を、2機のHMAが疾走する。
音、振動、視覚…
手に取るように伝わる情報も、今は不思議と現実味が無い。
「CAUTION…CORD-02」
イオがビンセントへ、敵機に対する対応を伝える。
「CORDー02…“迫撃による殲滅”か…。各機、コンディションを」
追従するレイズ機。
「こちら01、レイズ。いつでも行けます」
巡航形態へ変型した水蘭が、後から2機に追い付き、変型を解く。
「こちら水蘭、準備よしです」
緊張した口調。
「肩の力抜きな、若旦那。力むもんじゃねえ。けど気は抜くなよ」
「はい!」
ロンギマヌスが2機に先行する。
「ビンセント、レイズ機から通信です」
回線接続。
「どうした、レイズ」
「いえ、あの…ビンセントさん」
「なんだよ」
「良いんですか?」
「あ?」
「ユリアさん、見送りに行かなくても…」
無線から、しばらく沈黙が届く。
「うるせぇ…」
いつに無く、ドスの効いた太い声。
普通に怒ってる。
前方4000。
敵機捕捉。
「行くぞ!お前ら付いてこい!」
次の瞬間、周囲の空間が消える。
「何だ?急に」
モニターにウインドウ。
「訓練は中止。全員戦闘配置につけ」
唐突な指示を出すグラム。
次の瞬間、無線のスピーカーから警報が鳴り響いた。
「総員第一級戦闘配置! フィラデルフィア管轄地区に、空間跳躍ゲートの出現を観測! 繰り返す! 総員第一級戦闘配置!」
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警報は整備部にも届く。
普段は笑顔の絶えない整備部の面々も、この時ばかりは真剣な表情に戻る。
術長とサブも、例外ではない。
「ちくしょー!こんな時に!」
レンチ片手に声を張り上げるサブ。
「しょうがねぇサブ…、この子の身体ん中拝むのは後回しだ」
水蘭の構造解析をしようと企んでいた二人は、即座に気持ちを切り替えた。
術長が叫ぶ。
「出撃準備急げ! オートカノン、マシンカノン、ビームカノン、M-90、その他武器弾薬! 40秒で支度しろ! ダラダラしてるしてる奴ぁ俺様が直々にぶち殺す!」
術長の一声で、たちまち戦闘体勢へ突入する整備部。
乱暴だか、これが彼らの気合いの入れ方。
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「どうしたんだよ、ハリー」
ユリアがハリーに尋ねる。
彼らは未だに離陸出来ずにいた。
「いやー…いきなり離陸許可が取り消されて…」
「おいハリー…あれ…」
ユリア達の乗る輸送機の、何倍もの大きさのスペクターが、轟音を立てながら何機も飛び去っていく。
凄まじい迫力に唖然とするハリー。
「な、何かあったんすかね?」
ユリアが答える。
「奴らが来たんだ…!」
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術長の怒号が響く中、彼はコクピットの中へ身体を滑り込ませた。
「機体が間に合ってよかったよ。春雪」
「そうですね。何もかも突然でしたから」
「敵もだね…!」
機体起動。
作品名:VARIANTAS ACT14 この娘凶暴につき 作家名:機動電介