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文殊(もんじゅ)
文殊(もんじゅ)
novelistID. 635
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ウィンターマンとアースウーマン

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そんなの、普段の生活に必要ない、と明確な口調で。口にした立花の視線に揺らぎはなかった。

氷室は、もう結構だと思った。理由の意味はわかってしまった、痛いほどわかってしまった。だから、立花を責めもせず、こうして黙っているのである。立花の中でそれほどまでに植物は愛され、思われているのだ。それがわかっただけで、氷室にはじゅうぶんすぎた。同時に、本当に相性が良くないらしい、とも思った。
廊下に差し込む日は、温かい。鮮やかに咲く花の色を反射するかのごとく、その香りまでも映すように。
あぁ、この同い年の少女は、と心の中が痛んだ。
ゆっくりと口を開き、名前を呼ぶ。
「立花」
なに、と振り向いた立花にもう先ほどの寂しげな印象はない。口が渇く、喉が張り付いたような感覚がする。だけれども、それは氷室にとって不快ではなかった。
「……自分が人でなければ、なんて思うか?」
「どういうこと?」
「花を長く生きながらえさせる、大地であればと。思わないのか?」
瞳は揺れない。それどころか、少しの間をおいてから立花は笑った。
声を出して、笑い始めた。
「ふふ、あははっ。氷室くんは、面白いね」
馬鹿にされている、と思うような余裕も思考もなかった。ただなんとなく思ったことを口にしたら、目の前で立花が笑ったから『それならそれで良いか』と思った程度である。
「私が大地なら、人間なんか生かさないよ?」
「……それは、随分とこわいな」
そう口にしてから「こわいな」は幼稚っぽいな、と思った。響きが平仮名のようなあたりが、どうにもこうにも、子供が口にしているような感じがする。こわい、か。と思って自分は何を考えているのだか、と半ば自嘲気味に笑いそうになった。

それを知ってか知らずか、「でも、知ってる?」そうはっきりと立花が言葉を発する。それが、蝶に対しての歌うような調子とはまた違った印象で、氷室はそれを心地よく耳にした。あれも耳に優しい声であったけれども、今のはっきりとした印象で喋るその声は胸によく響く、と思えた。
「でも、そんな私をとめるのは氷室くんじゃない」
「俺?」
少し眉根を寄せて呟くような声で聞き返すと、「そうよ」と立花が笑った。
「だって、あなたは冬の男だもの」
アメリカ的なヒーローネームならウィンターマンよ、と目が細められる。まるで、それはスーパーヒーローを時に助けながらも、美しさを損なわず、最終的にヒーローと熱い恋を成就させる気高く美しいスーパーヒロインのような美しい頬笑みに見えた。ヒーローにはヒロインがつきもの、というわけのわからないパンフレットの内容を思い返して、あれは意外と正しいことを言っているのかもしれない、と笑いそうになった。
「……だっさ」
しかし、思わず出た言葉は思ったよりも存分に悪い方向に正直なようである。どちらかというと、無意識な部分でそのネーミングにいちゃもんをつけたかったらしい。そんな心のつぶやきが漏れた、と氷室が後悔した頃にはもう遅い。不機嫌そうな表情の立花が一言だけ「手合わせで絶対泣かせてやる」と口にした。怖いところも、ヒロインの醍醐味である。そこから熱いキスを!とはさすがに頬が赤くなる程度ではすまなさそうなので、やめておくが。というかそんな言葉を聞いて、どうにも氷室の胸中には「こわい」という感覚だけがぽっかりと浮かんだ。しかし、数秒後に霧散していった。
それでは意味がないような、気がするが気にしてはいられない。

「あ、アースウーマン?」
「……なにそれ」
渾身のネーミングは先ほど自分がしたようなのと同じくらいの速さで否定されたが、お互いをどうにか意識するとしたら、そうなるのが良いのかもしれない、と笑ったウィンターマンを見て、アースウーマンは「本気でやってよ?」と訝しげに口にした。