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幸せのカタチ

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「……ねーちゃん、頼むから帰ってくれないかな?」

 今の翔太には、これだけの台詞を口にするのが精一杯なのだ。

「しょーちゃん、それって余りにも愛が足りないんじゃない?」

 それに対してマッサージ機能付の座椅子にすわり、ビール片手にテレビを見ている貴子は余裕も余裕、ほろ酔いかげんで実に機嫌がよさそうに見える。
 いや、実際機嫌がいいのは間違いないのだろう。

「たった今、愛し合う恋人たちの間を無理やり引き裂いたの一体誰だよ!」

 もちろん貴子である。
 翔太が暮らす二Kの小さなアパートは、数時間前から大量のダンボールやら家具やらTVやら冷蔵庫やらによって、足の踏み場も無いほどに散らかっているのだ。

「恋人なんてしょせん他人よ。恋なんて醒めてしまえばただの夢、家族との血の絆には絶対にかなわないんだから。あなたもどっちが大切なのか、いい加減理解しなきゃだめよ?」

「アンタこそ自分の家族はどーしたんだよ!」

 一瞬この部屋がダウンバーストの直撃でも受けたのではないか? と、それは凄まじいほどの変化、いや、変化(へんげ)である。貴子の形相に、翔太の心と心臓が凍りつく。

「旦那なんて結局紙切れ一枚の関係でしかないのよ……」

 翔太も薄々気付いてはいたのだが、どうやら貴子は、夫の隆文とケンカでもして飛び出してきたのだろう。
 良くある話だが、いちいち業者を手配して荷物を丸ごと運び出してくるところが貴子らしいといえる。

「ねーちゃん、一つ聞いていいか?」

「なあに?」

 ……聞けなくなった。おそらく本人は最大限の努力をもって、最高の笑顔を翔太に見せたつもりなのだろうが、それは成功したとはとても言えない。
 まず美形と言っていい貴子が怒りを秘めたまま無理やり笑ったりすると、その顔はまさに、角の無い般若以外のなにものでもないのである。
 ダウンバーストの直後である。室内の体感温度は大体マイナス二〇度、業務用の冷蔵庫なみの冷気に包まれている。
 しかし、これだけは言わなくてはならない。

「頼むから出て行ってくれ」

「……しょーちゃん、あなた、わたしの言うことが聞けないっていうの?」

「あんたは幾つなんだよ! 子供じゃないんだから、そーゆー台詞で――!」

「あんたこそ子供じゃないんだから、こんな時はしっかり家族の面倒をみなさいよ!」
作品名:幸せのカタチ 作家名:海松房千尋