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アンノウンの知るところ1

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桐子と僕はフェンスを乗り越え中に侵入する。コンクリートで固めてしまっているのだからフェンスで囲う理由などないだろうに、この井戸はなにかと不吉な噂が流れている。
我が世を謳歌している雑草を踏みつけ僕らは井戸をのぞき込んだ。そこには、真っ黒い穴が広がっていた。今までなかったことだ。去年までは井戸はコンクリートで塞がれていたのになぜだろう。
「開いているね。桐子。」
僕が桐子を見ると桐子は嬉しそうに頷いた。
「そうね。行こう。」
桐子は躊躇いもなく井戸に飛び込んだ。僕も、彼女の後を追って井戸に飛び込んだ。


黒い穴はどこか不思議の国のアリスが落ちていく兎穴を思い起こさせた。映画で見たものよりも暗く、どろりとした空気をまとった空間を私と慈郎は落ちていく。もしこのまま叩き付けられたらどうしようかと飛び込んでから不安になった。しかし、もう後戻りはできない。お兄ちゃんと香奈ちゃんを探すのが私たちを目的だ。
あの日、香奈ちゃんだけを連れてお兄ちゃんを消えてしまった。どうして私じゃなかったんだろう。そりゃぁ香奈ちゃんの方が私より可愛いのはわかる。賢そうとは言われてもけして可愛げがある子どもではなかった私より、香奈ちゃんの方がずっと愛らしかった。当時私は、知識をひけらかすことを得意として周りの女子から浮いていた。でも、慈郎は友達だった。幼なじみであのほわほわした笑顔でいつも桐子ちゃんと呼んでくれた。
お兄ちゃんへとは違う好意を私は慈郎に抱いている。
でも、香奈ちゃんがお兄ちゃんと消えてしまって、お兄ちゃんを一番好いていたのは私だって自信があったのに、香奈ちゃんはお兄ちゃんの不思議な話を薄気味悪がっていたのに、私の方が香奈ちゃんの百倍お兄ちゃんの話を理解していたのに、どうして私じゃなかったんだろうか。
二人が消えてから、私は慈郎に冷たくなった。
でも、女子の輪には入れて貰えなかった。だからクラス委員もずっとやった。みんなに好かれようとしたけど、先生には優等生で通った。だけど、私を桐子ちゃんと慈郎の様に優しく呼んでくれる人は現れなかった。
一年後の五月の連休、私は慈郎に今までのころを謝ろうと彼を捜した。そして、フェンスの隙間を通り、コンクリートで固まった井戸を叩き続ける慈郎を見て、今までのことを後悔した。お兄ちゃんがいなくなって私は苦しかった。大好きだったのに、私が好きって言ったら嬉しいって喜んでくれた。お兄ちゃんは僕も大好きだよと言ってくれた。お兄ちゃんの誕生日をこっそり聞いたら教えてくれた。七月四日だと教えてもらったから、手作りのお菓子を作ろうとこっそり練習もしていた。なのに、私はお兄ちゃんに連れて行ってもらえなかった。苦しくて、失ったものがあまりにも大きくて、私は一年という歳月を悲しんでいた。慈郎も、香奈ちゃんを失って苦しい思いをしていたのだろう。
私よりずっと大きな苦しみを抱えていたのかもしれない。
だから、あの日、私は彼の手を握った。
探そうと、失われたものを探して、もう一度四人でいれたら、きっともう苦しくないと思った。だからこうして私はなにもわからず穴に飛び込んだ。普段の思慮深い私からはかけ離れた行為でも、慈郎はついてきてくれている。
穴の底が見えた頃、私たちの落下速度は緩くなり、ゆったりと地面に着地した。
「桐子、小さく僕らが入ってきた入り口が見えるよ。」
慈郎が指さす天には、小さく月の様に私たちが入ったらしい井戸の入り口が見える。
「そうね。でも、あそこに戻るのはとても大変そうね。」
私はそう言って辺りを見回した。夕闇の世界、どう表現するのがぴったりな薄暗さと薄気味悪い森が広がっている。私たちの目の前には一本の道がある。
「この道を行けってことかしら?」
慈郎の方を向くと慈郎も興味深そうに辺りを見回している。
「道があるってことは行って大丈夫かもね。誰かに出会えるかもしれない。」
心なしか慈郎ははしゃいでいる様にも見えた。私たちは道を歩き始める。森の中なのにその道は不思議とレンガが敷き詰められ遊歩道の様になっている。相変わらず夕闇がこの場所を支配している。ふと気になって腕時計を見ると時計の針は止まっていた。
「壊れたのかしら?」
軽く振ってみても反応がない時計を慈郎も私の腕時計をのぞき込む。
「・・・、ここは別の時間が流れているから僕たちの世界の時計は動けないのかもしれないね。」
「そんなものなのかしら? ただの故障かもしれないわ。高いところから私たち降りてきたし。」
まぁここで話していてもらちがあかないだろう。時計は戻ったら時計屋に持って行って修理してもらおう。
私たちは道を進む。感覚では1時間ほど歩いただろうか。さすがに疲れてきて慈郎が先にばててしまう。
「桐子、ちょっと休もう。」
レンガが敷き詰められた道に座り込み慈郎はため息をついた。
「そうね。」
私たち以外誰も来ない道に私も座る。持ってきていた小さなリュックから水筒を取り出し少し飲んでから、残りを慈郎に渡した。
「ありがとう。口つけても大丈夫?」
「よくなきゃ渡さない。」
「だよね。」
慈郎も水筒の中身を少ししか飲んでいない。次に慈郎が持っていた鞄からあめ玉を取り出す。
「はい。お返しにどうぞ。」
「ありがとう。」
綺麗な色のあめ玉を舐めながら私たちは漠然とした不安に襲われる。
「なんのプランもなくここに来ちゃったけど、どうしようか。」
「お兄ちゃんと香奈ちゃん見つけたら、帰れるよきっと。揃わないと、きっと帰れない。」
私はなんとなくそう慈郎に伝えた。そうすると慈郎もいつものほわほわした笑顔で頷く。
「そうだね。僕たちは探しに来たんだから、目的を果たせないと帰れないね。」
お兄ちゃんは、異界に捜し物をしに行った子の話をしていたことがある。その子も失われた半身を求めて異界へと旅だった。無事半身を見つけるまでけして帰り道は見つからないと教えてくれた。だから、私たちもお兄ちゃんと香奈ちゃんを見つけないと、帰り道など見つからないのだろう。
私たちは相変わらず変化のない夕暮れの空を見上げていた。
「お前達、迷い人か?」
そこに突然渋い男の声が聞こえてきた。慌てて辺りを見回すと慈郎がひっと短く悲鳴をあげる。私もそちらを向くと。
「あなたは、なに?」
柴犬ぐらいの大きさの犬がいた。いや普通の犬ではない。犬の顔にはなぜか人の、詳しくいえば渋いおじさんの顔がついていた。
「わしか。わしは義隆という。して、お前達は道に迷った迷子か?」
義隆と名乗った人面犬は私たちに近づいてくる。慈郎は唖然として固まっている。
「私たちは、探し人がいてここに来ました。」
仕方がないので私が話す。
「ここに探し人だと。うーむ、悪いことは云わぬ。帰り道なら教えてやるからさっさと帰りなさい。」
「嫌です。私は帰りません。」
義隆の言葉に私は首を横にふる。
「見つけないといけないんです。見つけないと私たちはいつまでも不完全なままだから。」
そうお兄ちゃんと香奈ちゃんが揃わないと私たちはいつまでも不完全でしかない。私と慈郎の様子を見て義隆はため息をつく。
「ならば、事情を聞かせてもらおうか。わしでも少しは力になれるかもしれない。」