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アンノウンの知るところ1

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いつの間にか互いに傍にいた。
欠けたものを補うように、互いを必要とした。
だから、私と、僕はその喪失を埋めるために傍にいる。


離れた席からこんな会話が聞こえてくる。
-ねぇ桐子?
-なによ。
-あんた笹沼くんと付き合ってるの?
-なんでそんな話になっているの?
-だって登下校一緒だし、よく二人でいるじゃない。隠さなくていいのよこのやろー。
-隠してなんかいない。そうね一緒にいるから付き合っているのかもね。
-おっ認めたなぁ。にくいなご両人。
-ねぇ、少し黙ってくれる。
-えっ、ちょっからかったの怒ったの? 桐子、機嫌なおしてよ。
阿川桐子は少しだけいらだたしげに席を立っていってしまった。
その様子を笹沼慈郎はぼんやり見つめていた。窓際の一番奥席に座り、昼休みのクラスを見渡す。桐子は席の前の方で友達とご飯を食べていた。普通に話を合わせているようだったけど多分どうでもいいんだと思うそんなこと、慈郎は桐子と話していた女生徒と目が合うがすぐにそらされてしまう。優しげな容貌で女子にそれなりに人気がある慈郎としっかり者のクラス委員の阿川桐子、それなりにお似合いのカップルだと自分ながらに慈郎は思っている。
慈郎は立ち上がると教室を抜け出した。桐子はどうせ図書室とか静かな場所にいるだろうからいそうな場所を一つずつ探していく。すると、昇降口に腰掛けていた。
「桐子、どうしたの? 寒くない?」
春の日差しは心地よいけど、でもどこかまだ寒い。慈郎は桐子の隣に腰掛けると、桐子の横顔を見つめた。すっきりとした綺麗な容姿、長めの髪は綺麗にトリートメントされているしセーラー服とよく似合っている。
「ねぇ慈郎は私で満足?」
どこか試すように桐子に聞かれ、慈郎は笑顔になる。
「桐子以外に誰がいる? 桐子が一番だよ。」
本心からそう言うと、桐子も小さく笑った。
「私も、慈郎が一番。」
過去の遠いあの日から、二人は喪失したものを補うよう傍にいる。
なくしてしまったものを互いに補うために傍にいるのは依存関係ともとれる。それでも喪失をうめる術を知らないから二人は共にいる。
高校2年の春、未だ二人の喪失は消えないままだった。
季節は容赦なく夏に向かう。その前の五月のさわやかな空気はとても心地良い。
「五月の連休、慈郎はなにか用事ある?」
桐子に尋ねられ、慈郎は首を横にふる。
「ないよ。大丈夫、探しに行けるよ。」
五月の連休中に自分たちの喪失は始まった。だから、毎年この時期になると二人はその喪失を探しまわる。
「なら、いつも通り、約束だよ。」
あれは僕らがまだ四人でいられた時のこと、しかし、今は二人はいない。僕らの知らない場所にきっといるから、それを探すために僕らはあの日を遡る。

5月の連休初日、僕は桐子といつもの公園で早朝から待ち合わせていた。
桐子はラフな格好で現れた。
「お待たせ。」
「おはよう。桐子。」
そして僕たちはあの日、二人がいなくなった場所へと歩き出した。
二人とは、僕の妹とお兄ちゃんだ。
妹は言わずもながら僕の妹である香奈、そしてお兄ちゃんは僕らが公園で出会った当時高校生のお兄ちゃんだった。
確か僕らが公園に遊びに行くといつもお兄ちゃんは絵を描いていた。スケッチブックを広げてお兄ちゃんは絵を描いていて、描きながら僕らに色んな話を聞かせてくれた。その一つに、底なしの井戸の話があった。
広い森林公園の奥にはフェンスで区切られた普段は立ち入り禁止の場所がある。そこには底なしの井戸があって、その井戸は異界と繋がっているらしい。別の世界と繋がっている話は僕らの心を躍らせた。それは、お兄ちゃんの語り口がとても面白かったからかもしれない。桐子はお兄ちゃんに夢中になっていた。僕も、物知りで親や先生よりも僕らの話を真剣に聞いてくれるお兄ちゃんが好きだった。ただ、一つ下の妹の香奈だけはお兄ちゃんを少し怖がっていた。
「優しい人だけど、なんだか怖い。」
小学1年になったばかりなのに大人びた口調で香奈はそう言っていた。僕が頼りないといつも言って、一つしか違わないから自分がお姉ちゃんになりたかったのかもしれない。でも、そんな香奈を放って僕らはお兄ちゃんの元に集っていた。
それは、今と同じ五月の連休のことお兄ちゃんは連休に入る前日に明日ここに来たら井戸を見せてあげると僕らに約束してくれた。異界と繋がる井戸、それだけで僕と桐子の好奇心は膨れあがった。冒険に心躍らせて家路についた時、香奈が公園に忘れ物をしたと騒いだ。何度後悔すればいいかわからない。僕は香奈一人で公園に向かわせてしまった。香奈はそれっきり姿を消した。そして、お兄ちゃんも消えてしまった。
すぐに捜索がされたが、二人は見つからずただ目撃証言で、お兄ちゃんと香奈が手を繋いで森林公園の奥に入っていったのを見た人がいた。すぐに森林公園は捜索されたが、古い井戸があった場所は相変わらずフェンスで閉じられて人が入った形跡はなかったらしい。しかし、香奈の靴が片方だけ、フェンスの中に落ちていた。
それっきり二人の消息はわからない。
お兄ちゃんは井戸に香奈だけを連れて行ってしまったんだ。僕と桐子は確信した。桐子はかなりのショックを受けていた。お兄ちゃんが好きで、幼い恋心を抱いていた相手が自分ではなく幼なじみの妹を連れて行ってしまった。幼いながらの嫉妬心は僕に向かった。
あの頃は辛かった。香奈がいなくなったのは僕のせいだと両親は口に出さずとも僕を無言で責め立てた。そして桐子も僕に冷たくなった。
僕は友達もいなくなって、一人森林公園をさまよった。そしてその奥の井戸を見つけたのは香奈がいなくなって一年たった頃だった。古びたフェンスに開いた僅かな隙間から僕は中に入り、井戸の中をのぞき込んだ。しかし、井戸はコンクリートで塞がれていた。異界に繋がっているはずの井戸はコンクリートで固まっていた。僕は何度もそのコンクリートを叩いた。叩いて、手がすり切れていた頃、桐子が僕の手を握ってくれた。
「きっとお兄ちゃんじゃないから開かないんだよ。」
久々に聞いた彼女の声は震えていた。僕を冷たく見据えていた目じゃなくて、涙を溜めた瞳で僕を見てた。
「僕じゃ開けられないんだね。ごめんね。桐子ちゃん。」
僕もつられて泣いてしまった。だって、どんなに頑張っても香奈もお兄ちゃんも見つからない。
「ねぇ、探そうよ。お兄ちゃんと香奈ちゃんを。」
しばらく泣いていたら桐子がそう言い出した。
「毎年、ここに来て、二人を捜そう。もしかしたら井戸が開くかもしれない。」
井戸が開いて二人を捜し出すことができたら、きっとまた四人で楽しく過ごせるよと桐子は泣きながらそう繰り返した。僕もそれに頷いた。すり切れた手が痛いとかそんなことよりも、香奈もお兄ちゃんもいない世界が耐えられなくて、だから、二人をもう一度見つけたらきっとこの痛みが消えるんだと確信した。
だから、僕と桐子は今年も井戸へと向かう。森林公園の奥、よほどじゃないと人が来ないフェンスに囲まれた場所にその井戸はある。
「今年も、中を確認しようか。」
「そうね。」