温泉に行こう!
おそらく市之助の年齢を誤解したまま、行ってしまった……。
なんとなく気まずい思いをしながら、寺島は市之助のほうを見る。
市之助は眼を伏せ、暗い表情をしている。
「……僕の父方の血筋の者は、みんな、小さくて、童顔なんだ。僕だけじゃないんだ」
小声でぶつぶつと言っている。
寺島は眼をよそに向ける。
父方の血筋の者が皆、小さくて童顔だったとして、だからといってどうだというのだろうか……?
そう思ったものの、寺島は口には出さず、胸のうちにしまっておいた。
宴会はたけなわを過ぎつつある。
すっかり酔って正体を無くしている者もちらほらいる。
寺島は座敷を見渡した。
宴会の主役がいつのまにかいなくなっている。
どこに行ったのだろうか。
気になって、寺島はそっと立ちあがり、座敷を離れた。
廊下を進んでいく。
左手には部屋が続き、右手には庭がある。
この屋敷にふさわしい、立派で風情のある庭だ。
空は漆黒。
けれども、明るい。
今夜は満月だ。
その銀色の光があたりを照らしている。
廊下の進む先に、探している相手が立っていた。
月を見あげている。
やはり、そうか。
寺島は納得する。
近づくと、ようやく、その顔が向けられた。
人目をひく、顔。
久坂義人の顔。
その顔に、ふんわりと笑みが浮かぶ。
寺島は立ち止まった。
「月見ですか」
愚問だ。
見ればわかるのに。
だが、とっさに、それ以外の言葉が出てこなかった。
「うん、そう」
いつもの美声が返ってくる。
しかし、ふと、その眼が横に向けられた。
「それと、考え事を、ね」