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エイプリル・フール

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タカシ君と呼ばれた男は困惑した表情になった。
「あ、はあ。じゃ、どうぞ。」
圭介の方に顔を向け、手でクラブの中を差し、軽くお辞儀をした。
圭介もわけがわからなかったが、とりあえず中年従業員にあおられながら店の奥へと入った。
なんとなく見覚えのある顔つきだった。誰かに似ている、と思っている内に、クラブの奥のドアの前まで来た。どうぞ、中に、と男は言ったが、圭介は止まった。
「ちょっと待ってくれ。君は一体誰なんだ。何故私を店に入れた。」
「やだなぁ、もう忘れたのかい。俺は今この店のオーナーをしている、山岡誠也だよ。」
「え!?」
山岡誠也。思い出した。圭介の中学の時の先輩だ。彼が中一の時の中三だったが、空手部の先輩だったため、交流が多かった。
「誠也先輩?」
「そうだよ。全く、おっちょこちょいだな、お前も相変わらず。」
「え、でも、なんで?」
頭が混乱して来た。山岡誠也の記憶はみるみる蘇ってきたが、圭介がこう言った立場に置かれている事で、どう反応したらいいのか分からなくなった。
旧友との再会は喜ぶべきなのだろうが、今はそれどころではない。
「まぁ、奥に入れよ。」
「いや、でも私はちょっと用事があってここに。」
「まぁ、いいからさ。」
背中を押され、圭介は渋々と部屋に入った。
全く、彼の強引さには目に余るものがある。昔からそうだった。彼ら三年生が引退した後、打ち上げを終えた帰り道で圭介たち一年生は無謀な行動を取らされた。その時の会話も鮮明に思い出した。
***
「おい、大橋。あそこ、見てみろ。」
山岡が指をさしたところに圭介は顔を向けた。そこには明らかに不良と言える学生が五、六人たむろっていた。
「お前がこの一年でどれだけ成長したか見てやる。」
「はあ?なんですって?」
「だから、あいつらと闘ってこい。他の一年生も行け。」
そう言って山岡はガハハハと笑い声をあげた。他の三年生の顔には苦笑が漏れていた。
「そんな事やって、問題にでもなったらどうするんですか?!」
「まぁ、いいからさ。行け行け。ほら。」
ドンと強く背中を押され、圭介はつまずくようにして不良たちの群れの中に入り込んでしまったのだ。
不良の一人が人相の悪い目をぎろりと圭介の方に向けて来た。
「なんだよ、おい。」
「いや、なんでもないです。失礼しました。」
そう言ってさっさと引き返そうとした時だった。他の一年生が二人放り込まれた。
圭介だけでは良かったものの、ここまで来たらさすがに短気な不良集団は堪忍袋の緒が切れた。見逃されかけた圭介はがっしりと肩を掴まれた。
「おい、てめえら。ふざけてんじゃねえぞ。こっち来いや。」
今でも覚えている。5対3のルール無しデスマッチ。結局最後は三年生に責任取れとバッシングを食らった山岡自身が参戦してなんとか事が収まった。
これでも山岡は国体に出場し、中等部で三位を獲得した名選手だ。最後はしっかりと自分で上段蹴りを決めて不良たちの意識を飛ばしたのだ。
あれが、圭介のいわゆる初めての喧嘩だった。ストリートファイト。後から圭介たちは、経験になる、なんて言い訳を山岡から聞かされた。全く困った人だった。
そんな山岡誠也がクラブを自分の名前で出しているなんて考えられなかった。
世も末だな、と思いながら、圭介は部屋に入った。
しかしその瞬間、圭介はとんでもないものを目の当たりにした。畳三畳分くらいの狭い通路。奥にはもう少し広そうな部屋が広がっている。
見覚えのあるその通路。
機材だらけで狭苦しい印象。
ハッとして奥の部屋の方をもう一度覗いた。
いた。
ここ数日、画面越しに見て来た男がそこにいた。
時間が止まった。止まった、というよりかは淀んだ気がした。部屋の空気が肌にピリピリと刺す。鳥肌が立った。ざわつく。
何秒、何分、あるいは何時間そうしていたか分からなかった。男が口を開いた。
「やあ、大橋さん。よくここまで来てくれたよ、本当に。」
「お、お前。。。」
男が腰を上げた。こっちにゆっくりと近づいて来る。
「や、山岡さん、どういう事ですか、これは!」
山岡は部屋の鍵を閉めた。絶望的な恐怖感が圭介を襲った。
まさか、山岡はこの男と組んでいたのか?俺は、ここで死ぬのか?あるいは、監禁。。。
様々な空想が一気に頭の中で竜巻のように渦巻いた。
男がどんどん近付いてくる。
ついに男は圭介の目の前で立ち止まった。
冷や汗が首筋を落ちて行く。
「大橋さん。」
男が小声で言った。いつもの帽子とサングラスを取った。
「あなた、よくここまで来た。本当に良かった。これから僕たちは仲間だ。」
安堵のこもった声だった。圭介は自体を呑みこめず、その場でたたずんでいた。やがて、男は圭介の肩を両手で掴み、軽くゆすった。
「大橋さん。娘は勿論返します。あなたが何故、こうしてここにいるのか。それは運命なのです。あなたは、一命を取り留めた。」
圭介は唾を呑んだ。男の目を交互に見た。男は手を離し、溜息をついた。
「まだ、分かりませんか。」
すると、山岡が口をはさんだ。
「おい、そんなんじゃ分かるわけないだろう。ちゃんと説明しないと。大橋、とにかく奥へに上がれ。色々と説明しなければならない事がある。」
三人は機材だらけの狭い通路を抜け、奥の小部屋でちゃぶ台を囲むようにして腰をかけた。
「まず、自己紹介からだ。俺の事は分かるだろう。お前が自己紹介してくれ。」
そう言って山岡は男の方を見た。
「うん。僕は、井上哲郎。大橋さんの上司に井上っていたでしょう?その人の息子だよ。」
圭介は呆気にとられた。思わず目を見開き、口をポカンと開けてしまった。
「まぁ、とうの昔に縁切っちゃったんだけどね。でも、そんな縁も大橋さんのおかげで取り戻す事が出来たんだよ。」
その時になってようやく圭介は口を開いた。
「どういう事だ。」
「まぁ、待て。順を追って説明する。」
山岡が止めた。
「とりあえず、一番分かりやすい結論から言おう。」
そう言って山岡は圭介の方を改まって向いた。
「大橋、お前は自社に騙されていたんだ。小笠原貿易は、お前の命、いや、いずれはお前の家族の命を狙っていたのさ。」
第二部に続く
作品名:エイプリル・フール 作家名:しー太郎