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RUN ~The 1st contact~

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1、闇夜の幕開け



 アメリカはワシントンD.C.の深夜の路地裏、暗闇の中でマッチを擦る音とともに、一瞬、一人の男の顔が浮かんだ。しなやかな長めの黒髪に、真夜中というのに真っ黒なサングラス、闇夜に紛れる黒いスーツ。そしてサングラスの下に覗くのは、この世のものとは思えぬほど、整った顔――。
 その姿はまだ若い青年であるが、同世代の若者にはない危険すぎる馨りが、煙草の煙に紛れて漂う。
 遠い路地の向こうでは、深夜の静寂を破るけたたましいサイレンとともに、数台のパトカーが行き交っている。
(うるさい連中だ……)
 青年は煙草の吸殻をアスファルトに投げつけると、そのまま路地裏から大通りへと出ていった。遠く見える中心街には、ものすごい速さで非常線が張られているのがわかる。だが、この通りには人の姿はどこにもない。まだ眠った街だ。
 青年は静かな足取りで、大通りを歩き出した。

 今日、アメリカ大統領が暗殺された。真夜中の出来事で、緊急速報を見ていない国民も、その異常な街の動きに、何かを感じ取っているはずだ。
 青年は、どこからともなく近づく気配に、横目で振り向いた。
「ラン」
 青年の背後から、かすれた男の声が聞こえる。真夜中の街灯には、青年の倍以上の年に見える、中年男の顔が浮かんでいる。青年は歩調を緩めることなく、口を開いた。
「遅い」
 青年が言った。中年男は、青年からつかず離れずの位置で歩き続ける。
「悪いな。思ったより手間取って……非常線はすぐそこまで広がっている。予定通り、あと数秒で最後の仕上げだ」
 その時、遠くで爆発音が聞こえた。それと同時に、煙の匂いが街全体に漂う。
「おっと、始まったな。数十本の仕掛けを、十秒ごとにセットしてある。だけど爆発なんかじゃない。ただの音と煙だけだ。でも、それで警察は大わらわだろうよ」
 中年男の言葉に、青年が立ち止まった。そして徐にポケットから分厚い札束を取り出し、中年男に差し出す。中年男の目が輝いた。
「オモチャの仕掛けで、こんなにもらえるのか……」
「嫌なら慈善事業にでも寄付しろよ」
 年上相手に変わらぬ口調で、青年はそう言った。だが中年男は、それを正す気もないらしい。
「慈善事業か。それもいい……」
「じゃあな」
 青年は金を渡すと、足早に中年男に背を向けた。
「……あんたはこれからどうする?」
 青年の背中に向けて、中年男が投げかける。青年は真っ黒なサングラスを外すと、横目で中年男を見つめた。
 中年男の目に、初めて青年の瞳が見える。その瞳を見て、中年男は飛び上がるほど驚いた。
 青年の目は、左右の目の色が、緑と青とで別々である。中年男は落ち着きを取り戻そうと、とっさに俯いた。
「さあ……しばらくバカンスでも楽しむよ」
 俯く中年男に向かって、青年はそう言うと、サングラスを内ポケットへとしまい、辺りを静かに見回す。
「バカンス? そりゃあいいな。ハワイか、それともヨーロッパ?」
「……明後日の午後には、日本だ」
 青年はそう言い残すと、非常線をすり抜けるように、闇夜に消えていった。
 青年が見えなくなると、中年男は素早く走り出した。そして遥か遠く、中心街に輝く巨大なライトへ向かう。その先には、未だ騒然としている警察官の姿があった。
「止まれ!」
 非常事態に、ピリピリした雰囲気をさせた数人の警官が、走り寄ってきた中年男を捕らえる。
「情報を提供する!」
 無抵抗に両手を上げながら、中年男が叫んだ。
「何のことだ。頭は大丈夫か?」
「俺にそんな口を利いていいのか? 俺は大統領を殺したヤツを知っている」
 中年男の言葉に、警官たちの顔色が変わった。そして無抵抗のままの中年男を、パトカーのボンネットに、俯きの状態で羽交い絞めにする。
「おまえは何者だ。何を企んでる?」
「企んでるなんてとんでもない……ただ、わかるだろう? 俺の顔をよく見てみろよ」
 中年男の言葉に、警官たちはその顔をまじまじと見つめる。そして一人が目を見開かせた。
「こいつ、指名手配中の……」
 一人の警官の言葉に、警官たちが次々に気付いてゆく。
「そうだ。別件で追ってる、爆弾魔!」
 警官たちの前で、中年男は不敵に笑った。警官たちは相手が爆弾魔と知って、銃を構えて一歩下がる。
 それを見届けて、後ろ手に手錠をはめられた中年男が、ボンネットから体を起こした。警官たちは、それを許しながらも、それぞれに構えた銃を下ろそうとしない。
「じゃあ、わかるだろう? 俺の願いを……」
「……指名手配の解除?」
 一人の警官が言った。
「ご名答! 俺のレッテルを消してくれ。俺がこれから普通に生きられるように、新しい人生を踏む手伝いをしてほしい。もちろん、当分遊んで暮らせる金もね」
「おまえ、何言ってるんだ!」
「それだけあんたらが欲しがっている情報を、俺が持っているってことさ。俺みたいなザコを見逃すくらい、損はないはずだよ。ああ、もちろん今後は俺だって、犯罪を起こす気はないさ」
 警官たちは、互いの顔を見合わせた。そして、一人の刑事が前へ出る。
「それで、大統領を殺した人間の名前は……?」
 ゴクリと、それぞれが生唾を呑む音が聞こえた。中年男はその光景にぞくぞくしながら微笑む。
「明後日の午後には、日本にバカンスだそうだよ。名前は、コードネーム……」
 その時、一発の銃声とともに、中年男はそのまま地面へと倒れ込んでいた。
 突如として緊迫感に包まれたその場で、警官たちは中年男から離れ、パトカーに身を寄せる。
「ラン……」
 中年男の口がそう動いた。最後の言葉を誰にも知られることなく、中年男はそこで息を引き取った。

 空港。大型ビジョンでは、大統領暗殺のニュースが延々と続けられている。空港にいる人々は、皆かじりつくようにその画面を見つめている。
 そんな人々をよそに、青年は個室のトイレに入ると、アタッシュケースを開けた。すると中には、二丁の拳銃が入っている。青年はスーツのネクタイを緩めると、アタッシュケースのポケットに入った、一枚の紙を手にした。紙は便箋のようで、日本語で書かれている。青年は軽く目を通すと、それをスーツの内ポケットに入れ、アタッシュケースを閉めて立ち上がった。
 青年はそのまま手洗い場の前に立った。目の前の大きな鏡に、左右違う色をした瞳が映る。青年はその目に、手早く黒色のカラーコンタクトレンズをはめると、何事もなかったかのようにトイレから出ていった。

 それから十数時間後、日本。成田空港では、普段と一味違う緊張感が漂っていた。だがそんなことを知るよしもなく、各国からの航空機が到着する。
「本日は、テロ対策および安全確認向上のため、厳重チェックをさせていただいております。こちらへお並びください」
 帰国したてで飛行機から下ろされたばかりの乗客たちが、次々に金属探知機の前に並ばされる。その中に、青年の姿もあった。他の乗客たちに混じり、チェックの列に並ぶ。
 やがて、青年の番になった。手に握られているアタッシュケースには、二丁の拳銃が入っているはずである。だが青年は、気に留めた様子もなくそのケースを預け、自ら金属探知機の下を通り、OKサインの出たアタッシュケースを再び手にする。