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仁科 カンヂ
仁科 カンヂ
novelistID. 12248
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天上万華鏡 ~現世編~

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 六芒星が地面に到達すると、スポーツカーのエンジンがかかり、動き出した。ジュネリングが光っている霊の前まで来ると、スポーツカーから天使が降りてきた。すると、例の如く自己紹介の口上を言い始めた。
「私の名は李・清明、汝の保護観察官である」
同時に、青い火柱が李の右側に立ち、文字が浮かび上がってきた。
「汝のジュネリングが発光したことをもって、成仏する権利が与えられたこととする。これから汝は天界の法や到達するまでの道のりに関する知識を得るための準備を行うものとする。その証として、天界への門、ヤコブの梯子を汝の眼前に示す。出でよ。ヤコブの梯子」
 李は五芒星が描かれた金属の円盤を取り出し、それを天にかざした。すると、その円盤から光が天に伸び、雲の切れ間から光が差してきた。幾筋の光を伴って、空にあった雲が降りてきた。光は更にまばゆさを増し、強力な後光が差してきた。
 雲の上には大きな門が乗っている。ヤコブの梯子はギリシャの神殿のような模様で、石でできており、門の高さは数十メートルに達していた。門の下には、五十段程度の石階段がある。
 門の両脇には十数メートルはあるだろうか。巨大な鯉が空間を泳いでいた。その鯉は、成仏許可が下りていないのに門の中に入ろうとする異形なる者達を次々と食べていった。
 穏やかなオルガンの音色がどこからとなく聞こえてきた。その音色に乗って、賛美歌らしき歌声が聞こえてきた。

「空は青
 天に勝るものはなし
 地は緑
 生命に勝るものはなし

 世界は神の叡智であり
 我々は世界の目撃者である

 汝の魂をここに示せ
 汝の生命の証をここに示せ
 我は全てを見通し、そして育まん」

 仁木は李を見て複雑な表情をしていた。李はその仁木の視線を察し、仁木の方を向き語りかけた。
「仁木君、ここで何をしているのか?」
「……」
 突然の問いかけに、仁木は目を伏せ、答えられずにいた。李はこの反応に困惑したが、何か事情を察してか、仁木から視線をずらし、職務に戻った。
「……仁木……さん?」
 春江はどうして天使と仁木が知り合いなのか疑問に思っているようである。
「あ……長い間ここにいますからね、知り合いも増えますよ……」
「ああ、そうですよね。ごめんなさい」
「汝は、これより我と一緒に来るがいい。成仏の道が保証されたのだ。我が愛車、ブルードラゴンに乗り給え」
 すると李の車であるブルードラゴンから、機械的な声がして、後部座席のドアが開く。
「成仏霊「笠木一平」の乗車を許可します。」
 笠木と呼ばれる霊は、ブルードラゴンに乗り込もうとした。その直前、笠木はくるっと振り返り、春江に語りかけた。
「ありがとう。あなたのおかげで、救われました。心が軽くなりました。恨む心が解けていきました。私も幸せになりたいと思えました。あなたは仏様です」
 笠木はにっこり微笑み、深々と頭を下げて、ブルードラゴンに乗り込んだ。同時に爆音を鳴らしながら砂浜を滑走し、途中から空へ飛んでいった。
 後には、光り輝く異形なる者……ではなくなった霊たちとヤコブの梯子が残されていた。
 異形に墜ちながら成仏まで至った霊の顛末を目の前で見た春江。その成仏の手助けができたことに気付いた春江。
 ほんの少しの間に、春江の心を揺るがす出来事がいくつも押し寄せてきて、今の状況を冷静に判断することができなくなっていた。
 笠木が去った後、我に返った春江は、周りの異形だった者たちが演奏の続きを催促していることに気付いた。
「仁木さん。とりあえず最後までいいですか?」
 その言葉で仁木も我に返り、思い出したかのように返事する。
「ああ……そうですね」
 二人は埴生の宿を最後まで演奏した。途中、笠木のようにジュネリングが発光し、保護観察官の天使が現れ、成仏への道が約束された霊が何人か現れた。醜い体が美しい姿に変わり、最後には保護観察官の導きにより去っていくというサイクルが発生し、辺りは異形なる者達が浄化される時に発する閃光で包まれた。
 仁木はひどく動揺している。
――――そんなばかな……目の前で何が起こっているのだ……
 仁木はこの世界の事情がよく分かっている。その仁木がそう言っているのだ。とても稀な事態なのである。春江は、この世界の常識が分からない。そのため、目の前で起こっていることはある意味当たり前の出来事として受け止めているのである。
 春江と仁木は同じ音楽を演奏しながら、その心中は真逆であった。
 演奏が終了した。春江は深々とお辞儀をした。すると異形だった者達は口々に訴える。
「もう一回!」
「もう一回!」
「もう一回!」
「もう一回!」
 異形ではなくなったものの、鬼気迫る勢いに春江は後ずさるしかなかった。仁木は春江の手をとり走り出した。
「ここは逃げましょう」
「はい」
 春江は仁木の顔を見ながら微笑み返す。バイオリンの演奏ができたこと。その演奏が受け入れられたこと。笠木を助けることができたこと。春江にはうれしいことばかりだった。
 逃げながら春江は仁木に問いかける。
「仁木さん。笠木さん達は成仏したんですか?」
「はい。そうです……でもどうして成仏できたのか……」
「私達は成仏できないんじゃ……」
「いいえ、あの人達は、自殺霊じゃないんですよ」
「え?」
「おそらく地縛霊。この世に未練を残しているから成仏できないのです。だから未練がなくなったら成仏できる。この世の恨みから異形に墜ちるということです。我々とは違う」
 それを聞いた春江は力なく立ち止まった。
「自殺したらどうしても成仏できないんですね……」
「……はい……」
「…………でも……」
「でも?」
「私のバイオリンで人を助けることができた……」
 春江は自分に言い聞かせるようにつぶやくいた。
「でも……どうして春江さんの演奏と私の歌で成仏させることができたのか……」
「音楽は人を元気にさせるんですよ。仁木さん。私がそうだったように」
「地縛霊の未練を断ち切るのは並大抵のことじゃないんですよ? 音楽が人を元気にさせるにしても、そんな簡単に……」
「音楽には不思議な力があるんですよ。きっと」
「でも……」
「いいじゃないですか仁木さん。深く考えるのはやめましょう。悪い事じゃないんですから」
「……そうですね」
 そう言いながら春江はスキップしながら仁木の先を走り出した。すると薄汚い子供とすれ違った。
 すれ違いざまに、その子供が呟いた。
「庄次郎兄ちゃんとか笠木おじさんは助けて僕らは放置かい? 大人は勝手だねぇ」
「………え?」
春江はゆっくり振り返った。その子供は宙を舞い、猛烈な速さで立ち去ろうとしている。時折春江の方を振り返り、不敵な笑みをこぼしていった。
「あ……あ……」
 春江は動揺して言葉にならない。それを見た仁木は事情を察して叫んだ。
「春江さん! 気持ちを合わせるな!」
 春江は仁木の方に振り返り手を伸ばす。仁木も春江の元に駆け寄り手をつかもうとする。手が触れようかとした矢先、春江の体は逆向きに吸い寄せられた。
「あーーーー! 仁木さん!」
「春江さん! 春江さん! 気持ちをこっちに!」