小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

月下行

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

『氷上』の姿へと変化した。
「俺の正体を初見で見破る人間なんて、随分と久しぶりだ。お陰で少し
退屈してたぐらいだ」
そう言って笑う氷上を、久宝寺は鋭利な目で睨んだ。
強い、と肌で感じた。理屈ではない。直感だ。が、相手の技量を瞬時に
計る。誰に教わった訳でもないのにコレに関するる久宝寺の才は本物で、
一度たりとも外れた事は無い。
「巧く化けたな。最初、交流試合で顔を合わせた時に違和感を感じても
確信は持てなかった。お前、千年狐か?」
「千年狐?ご期待に添えなくて悪いけど、俺は俺だ。人の子は、勝手な
名で俺を呼ぶけどな」
「どの道、バケモノに変わりはない」
努めて平静を装う。隙を見せれば、弱気になれば、そこにつけ込まれる。
<はったり>は、時に武器になのだ。
「単に『ヒト』じゃないだけだろ?それに、そう言うならお前は何だ?
俺の正体を見破ったり、俺の使い魔を消したり。まともな修行をして
いない人間が、どうしてそんな力を持ってる?不可解じゃないか」
「俺のは<血>だ」
「違うな。お前の血筋に匂いを感じられない。どこぞの陰陽師の末裔
でもなく、先祖返りでもなく……」
興ありげに見下ろす瞳が、何かの答えを得た。
「お前、稀れ人?」
「マレビト?何だ、それは?俺は俺だ」
「稀にいるから、稀れ人。持って生まれた才能だけで、力を行使できる
者だ。苦労を重ねて修行に励む者には、嫉妬と羨望の対象にもなりそう
な……お前だよ」
真っ直ぐに向けられた指を、久宝寺は嘲笑った。
「それがどうした?俺が稀れ人だろうが何だろうが、別にどうでも良い。
ただ、あいつは渡さない」
「お前は部外者だ。口出しされる覚えはないが」
氷上が酷薄な笑みを刻む。その身体から発する力が増したようだ。
久宝寺も防御の体勢を取り始める。
「約束、なんだよ。これは俺と花耶とのね。永きに渡る契約、とさえ
言っても良い。最終的な結果はまだ出されてないけど、横から意見される
のは不愉快だ。それも、たかだかヒトの分際で」
来るっ────思った瞬間、久宝寺は最大限の力で自身を防御した。それ
とほぼ同時に、目の眩むような強烈な光が弾ける。
キィ────ンっっっ……
金属が高速で擦れ合うような耳障りな音が響く。が、すぐにそれは収まり、
代わりに驚嘆する声が聞こえた。
「さすが。思ったよりやるな、稀れ人」
「うるせー。脅しなんて聞かない。俺はお前になんざ負けないし、あいつ
も渡さない」
氷上の一撃は本気でないものの、かなりの威力を秘めていた。普通の人間
であれば致命傷になりかねないそれを、久宝寺は跳ね返したのだ。
「本気って事か?己が命を賭ける覚悟があるって?」
「あいつとお前の約束がどんなモンかは知らない。けど、俺はあいつを失う
訳にはいかない。だから俺は負けない」
「アレは俺のだよ?」
「違う。俺のだ」
きっぱりと断言する久宝寺に、氷上は肩を竦める。そして軽く溜息を吐く。
「わかった。ゲームに加わりたいなら、好きにすれば良い。その情熱と
愚かさに免じて、特別に許そう。それも一興だろうからな。けど────」
薄く閉じかけていた目が開いた。久宝寺は息を飲む。
そこにあったのは、金色に妖しく輝く一対の瞳……
「後になって、後悔しない事だな。稀れ人」



◇◇◇



不意に、我に返った。久宝寺は軽く頭を振って、僅かに残った意識の霞を
払う。
見上げれば、藍色の空には月が昇っていた。その赤味を帯びた月を見詰め
ながら、久宝寺は深く息を吐き出す。
「バカ花耶め……厄介な相手に魅込まれやがって」
久宝寺は傍らに落ちていた自分のスポーツバッグを拾い上げる。と、何か
が頬を伝い落ちる感触があった。そっと手をやると、微かにぬめるような
物が触れて……
「やりやがったな、あのヤロー」
完全には防ぎ切れなかったらしい。指先で探れば、頬に刻まれた一筋の
傷があった。
「これが力の差だって?ハッ、上等じゃねーか」
指先から付け根に向かって伸びた血の赤。それを手の内に握りこみながら、
久宝寺は強く唇を噛む。
完全なる宣戦布告。けれど引くつもりはない。例え勝機の薄い不利な戦い
であっても、奪われたくないモノは奪われたくない。
だったら、道は一つしかない。
「桜庭……」
負けはしないと誓う。負けたくはないと願う。だから、せめて<力>が
欲しいと思う。
「お前は俺のだ。絶対、誰にも渡さない」
揺るぎない決意と共に呟く。そしてゆっくりと久宝寺は歩き出した。

月だけが、動き始めた物語りの全てを静かに見届けていた。
蒼褪めた光を投げかけて、ただ一人。






Fin

作品名:月下行 作家名:ルギ