ふたりの言葉が届く距離
初めての道を俺は迷い無く進む。その道のりは何度も確認して頭の中に入っていた。
目的地が見えてくると歩調を緩め、息を整えながら、その面影を思い浮かべる。
この数カ月の間に恋人と親友を失った。
その発端はいつだったのだろう?
俺がプロポーズをした時か? それとも東京行きの予定を延期した時か?
理奈が小説で賞を獲って、俺から離れていった時か?
いや、発端など無い。きっと、全ての出来事は繋がっているんだ。
獣のような激しさで理奈を初めて抱いた時。
初めての告白で白井にフラれた時。
彼女達と初めてカラオケに行った時。
教員になる為に大学進学を決めた時。
高校時代の交際相手から「私のことを本当に好きなんだとは思えない」と言われた時。
中学の三者面談で担任の一言を聞いた時。
小学校の授業参観に誰も来なくても寂しいとは思わなくなった時。
母親になる覚悟の無かった女が避妊に失敗した時。
それらの過去を経て、俺は此処に立っている。
何度も読んでボロボロになった雑誌を鞄の中に入れて。
手にしたブルーの携帯を開き、電話を掛ける。
長い呼び出し音に代わって聞こえてきた声に耳を澄ましながら、目の前の建物を見上げる。
昨日までは世界の果てのように遠かった場所。
こんなにも簡単に辿り着いた。
「会いたいんだ」
そう告げて目を閉じた。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人