ふたりの言葉が届く距離
今週は職員会議だけでなく担当校務として所属している総務部と生徒指導部の会議もあるからかなり忙しい。
「教師の仕事に雑務など無い」と田島先生からよく言われたが、やはり自分の授業と担任クラスのことを最優先に考えてしまう。
教師になって三年を経ても自分の仕事に満足できたことはなかった。
辞めたいと思ったことはないが、辞めた方がいいのかも知れないとは何度も思った。
もし、理奈から「教師を辞めて欲しい」と言われていたら、俺はどうしただろう?
それで彼女が俺の傍に居てくれるならと辞めたのだろうか?
「あれ? 阿部先生、携帯変えたんですか?」
職員室で着信の確認をしていると、結城先生から明るく声を掛けられる。
「ええ、前のが壊れちゃって」
「いいなあ、最新型じゃないですか。これ人気なんですよ」
「へえ、そうですか」
そういう流行に疎いのも中学教師としては勉強不足なのかも知れない。
結城先生は同僚の三宅先生と交際していた。
外部との出会いの場が少ない教師は、恋人を見つける機会も限られている。
もちろん生徒や保護者に手を出せば、教師生命そのものが終わってしまう。
お互いの仕事に理解がある教員同士の結婚はかなり多いと思う。
しかし、同じ学校内での職場恋愛はあまり歓迎されない傾向があり、彼らも秘密にしていた。
俺はその秘密を知る恐らく唯一の同僚なので、双方から相談されることがしばしばあった。
“恋愛”は、俺が最も苦手とする科目なのに。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人