小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

エイリアンの恋

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
“霧笛”という名のバーがある。新宿二丁目という土地にしっくりとあう、いわゆるゲイバーだ。
 十年ちかくつづくその店に最近顔を出しはじめた“竜さん”は、常連客や店子の間でエイリアンと呼ばれていた。店が二丁目にあうように、その雰囲気にあった客が集まるように、場の空気に馴染むことができなかったからだ。もちろん、理由は明白だった。竜さんは同性愛者ではない。ふつうなら、ノーマルな男はさりげなく拒絶される。しかし、竜さんに限っては、たとえ店にそぐわない客であっても、排除されることはなかった。単純に、おもしろかったからだ。
「あら、逸郎じゃない」
 この道数十年の江梨子ママは愛想のない顔でおれを見た。いらっしゃいの一言もないが、これがこのママの味というものだ。
 竜さんはいつものようにひとりでカウンターに座っていた。背中を丸め、薄いピンク色のカクテルを飲んでいる。
「竜さん、久しぶり」
 ひとつ席を空けた隣に座って、ウイスキーを注文する。平日の早い時間。客はおれたちだけだった。
「そんなに久しぶりじゃないよ。先週きたし」
「そうだっけ」
「逸郎はきてなかったから」
 含みのあるいいかたをして、江梨子ママがおしぼりとウイスキーのグラスを突き出す。苦笑いで受け取った。
 竜さんが顔を出したという先週の金曜日は歌舞伎町のクラブでイベントが催されていて、そこにDJとして参加した。知り合った客のひとりに招待され、マンションに3,4日居候させてもらった。数日間の恋人。ゲイの恋愛には珍しくもない。
「DJやってるんだって?」
 情事の記憶を掠め取ろうとするおれの思考を、竜さんが邪魔する。
「イベントにも出てるって聞いたよ。すごいなあ」
 おれはそっとママをにらんだ。
「べつにすごかない。遊びだよ、皿回しなんか」
「猿回し?」
「皿みたいなかたちのレコードを回すから、皿回しっていうのよ」
 ママが懇切丁寧に解説してみせる。竜さんは感心したように何度も頷いた。ママはまんざらでもないような顔で、知りもしない音楽論をぶちはじめた。
 竜さんの美点はこのあたりにある。保育士をしている彼は、おもちゃやテレビヒーローの知識は豊富に持っているが、俗世のことについてはまさに子ども同然だった。しかし、そのぶんぶざまな背伸びはしようとせず、知らないことは素直に尋ね、大仰に感動する。その様子がすれた男たちの自尊心をくすぐるのだ。
「猿回しとおなじようなもんだよ。DJなんてわざわざアルファベットで名づけるから妙な感じになるんだ」
「逸郎くんはおもしろいいいかたをするよね」
 竜さんが微笑む。もちろん、皮肉ではない。心底そう思っているのだ。おれはなんとなく居心地が悪くなり、椅子の上で尻をずらした。
「おやおや、エイリアンとヒモがなにを話しているんだ」
 店のドアが開き、新しい客が顔を出した。花柄のシャツは脂肪に圧され、窮屈そうに花弁を開いている。
「おれも仲間に入れてくれよ」
「汗くさいオジンは嫌だってよ」
 平気な顔で死語を吐いて、ママはカツミさんのために新しいおしぼりを出した。湯気を立てるおしぼりを手のなかで広げながら、巨漢のゲイが身を乗り出す。
「暇そうだな、おい。ちょうどいい。このふたりに一杯ずつ奢ってやってくれや」
「どうしたの、急に」
「マシンで馬鹿勝ちしてよ」
 そうとう儲かったのだろう。カツミさんは上機嫌でいった。
「明日からおれは沖縄の男になるぜ」
「旅行するんですか?」
「ギャンブルの話よ。海物語でしょ」
 ノンケとゲイの噛みあわない会話。しかし、このアンバランスさがなんともいえず心地よい。マニュアル化しはじめていた常連同士の話も、竜さんというエイリアンが混じることで、化学反応を起こす。
「相変わらず、おもしれえな、竜ちゃんは」
 竜さんとは何度も会っていて、その特徴を把握しているカツミさんは、低く笑った。
「今日はおひとりですか?」
「いや、リサがくる。さっき、ちょっと寄ってきたんだ」
 おなじく常連客であるリサは歌舞伎町のクラブに勤めている。ニューハーフの店で、おれたちとはちがい、女の格好をして、ホルモン注射もしている。ただし、下はまだ施工にいたっておらず、もっとも確実な男の証は股の間にぶら下がったままだ。
「リサちゃんがくるなら、もうすこしいようかな」
 腕時計を見ながら、竜さんが独白のようにいう。
「あら、竜ちゃん、すけべね」
 カツミさんにおねえ言葉でからかわれて、竜さんが赤くなる。
「ちがいますよ。リサちゃん、最近会ってないから」
 同意を求めるような視線に、おれは笑顔で答えた。竜さんがリサに異性としての興味を抱いているなら、まさしく喜劇だ。リサは女ではないし、竜さんと話題があうとも思えない。貪婪で、性的にだらしなく、だれとでも寝る奴だ。おれも何度か世話になったことがある。竜さんが聞けば気絶しかねないような体位も試したことがある。遊びならいいが、本気になるような相手ではない。
 そもそも、本気でだれかと付きあおうと考えているのかと尋ねられれば、はっきりとは答えられないが。社会的な結びつきの薄いゲイのなかでは、ごく一般的な達観。一夜限りの愛も数度のセックスも似たようなものだ。
 竜さんがはじめてここにきたのは、半年ほど前だった。高校の同級生で、フリーライターをしているという女に連れてこられたのだ。世慣れした業界人の同級生は、社会勉強と称して竜さんを引っ張ってきたが、竜さんは異世界の店を気に入り、友達なしでひとり通うようになった。
 友人は竜さんの警戒心を解くためにただのショットバーだと説明していたが、店子や客の外見や会話を聞けば、すぐにゲイバーだと気づくはずだった。しかし、竜さんは半年たった今でも一向に気づく気配を見せていない。そのうちわかるだろうととくに気にしていなかったはずのおれたちも、今ではすっかりあきらめ、かえっておもしろがっていた。
 こういった店では貴重なうぶで素直なキャラクターは、まるで天然記念物のようなあつかいを受けるようになり、追い出されるどころか、ママや客から可愛がられるようになっていた。
 しゃべっているうちに、リサがあらわれた。すらりとした長身をワンショルダーのドレスで包み、夜中なのにサングラスをかけている。カツミさんとは対照的に、仏頂面をしていた。嫌な客にでもつかされたのかもしれない。かつては店でもトップクラスのショーダンサーだったリサも、二十代後半になり、衰えを見せはじめている。このままでは、三十の大台にかかる前にペニスに別れを告げるという目標が果たせなくなってしまう。
「お疲れみたいね」
 ジントニックに入れるライムをカットしながら、ママが冷めた口調でいう。
「店が終わったあと、一発やってきたの」
「リサもついに枕をやるようになったのか」
 ときおり店に足をはこぶものの、リサに恋焦がれているというわけでもないカツミさんは、揶揄するようにいった。リサはサングラスをはずし、コの字型のカウンターごしにカツミさんをにらんだ。
「ほっといてよ。べつに営業じゃないし。酔ってたし、なんとなくいらついたからやっただけ」
作品名:エイリアンの恋 作家名:新尾林月