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蜜月―杏里編―

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愛故に沈黙


 金曜の夜から、杏里は悩んでいた。学校で懇意にしている帝人と正臣と、休日に初めて遊ぶ約束をしていたからだ。男の子と遊びに行くのは初めてなので、何を着て行ったらいいのか分からない。杏里はいつもどおりでいいと思っていたのだが、女友達におしゃれをして行くべきだと言われてしまった。一時期は話を合わせるためにファッション誌を購読していたが、高校に入ってからそういうこともしなくなった。箪笥を開けて溜め息を吐く。とはいえ、衣装持ちではないので、悩むほどの選択肢は無いのだが。
 結局、杏里は一番気に入っているワンピースを着て行くことにした。組み合わせに悩む必要がないし、以前世話を見てくれた人が褒めてくれたので、多分おかしくはないだろう。制服の有難みを実感しながら、ワンピースに袖を通す。映画館は冷えるので、カーディガンも羽織って鏡の前に立った。一通り全身を見回し、おかしくないことを確認する。不安そうに佇む鏡の中の少女に、杏里は微笑んでみせた。



 待ち合わせ場所の公園に着くと、既に正臣が待っていた。遅れてしまったかと、杏里は慌てて走る。杏里に気付いた正臣が、大きく手を振った。
「ごめんなさい。待たせてしまって……」
 正臣の前まで来て、杏里は軽く頭を下げた。正臣は慌てたように手を振る。
「そんなことないって! まだ五分前だぜ」
 そう言いながら腕時計を見せてくる。確かに、腕時計は待ち合わせ時間の少し前を指していた。杏里はほっと胸をなでおろす。そしてふと、正臣の腕時計と一緒に着けられていたブレスレットに目をやった。
 正臣は普段からファッションに気を遣っていて、ピアスをはじめアクセサリ類も好んでいるようだ。杏里はそういったものをほとんど持っていなかったので、少し考えてしまう。
 そんな杏里の心中を察したように、正臣が声を上げた。
「杏里の私服って、やっぱりお嬢さん系なんだな。俺の予想通り!」
 杏里は昨晩からそればかり懸念していたので、話を振られて身を縮こまらせた。
「あの、私、洋服には疎くて……」
 杏里が控えめに白状すると、正臣は軽く手を振りながら笑った。
「そうなの? でもそのワンピ可愛いよ。すっげー似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
 杏里は恐縮して頭を下げた。正臣は基本的に女性に優しい。杏里のことも普段から褒めてくれる。いつもは恥ずかしくて困惑してしまうが、今日は頭を悩ませていたので、お世辞でも嬉しかった。
「言っとくけどお世辞じゃないからな! 帝人が来たら見てみ? アイツ顔に出るから」
 正臣はまた心を読んだかのように、悪戯っ子のような笑みを見せて言った。
「紀田君はいつから来てたんですか?」
 随分早くから来ていたようなので、杏里は尋ねた。
「俺? 二十分前くらいかな。杏里を待たせたらいけないと思って!」
「え」
「というのは冗談で、楽しみすぎてすっげー早く目、覚めたの。だから早く来ちゃった」
 正臣が嬉しそうに笑うので、杏里もつられて微笑み返す。
「正臣! 園原さん!」
 不意に大声で呼びかけられ、杏里と正臣は声の方を向いた。こちらに走り寄って来る、帝人の姿を見とめる。計ったかのように待ち合わせ時間ぴったりだった。
「二人とも早いね」
 息を切らしながら、帝人が言った。膝に手を当てた帝人の額に、正臣が軽くデコピンをした。
「お前が時間ぴったり過ぎるんだよ。五分前行動って習わなかったかー?」
「遅れてはないじゃん。園原さん、待たせてごめんね」
 額を押さえながら、帝人は杏里に謝った。走ってきたせいか、頬が僅かに上気している。
「何故杏里にだけ言う」
「なんとなく?」
 とぼけた帝人の発言を聞いた正臣は、垂直に手を振り上げ、それをそのまま帝人の頭に下ろした。所謂チョップである。
「ぁいたっ……ちょっと、舌噛んだらどうす……いひゃいいひゃい!」
 帝人が言い終わる前に、正臣が両手で帝人の頬を引っ張った。帝人も負けじと正臣の頬に手を伸ばした。お互い無言で頬を引っ張り合っている。その様子をハラハラ見つめていた杏里は、意を決して口を開いた。
「あの、喧嘩は良くないです」
 帝人と正臣は、頬を引っ張り合ったまま杏里に視線を向けた。その様子を見て、杏里は思わず笑ってしまった。二人はそっと手を放し、頬を押さえながらお互いの顔を見合わせる。それを見て、杏里は余計に笑ってしまう。
「お前のせいで杏里に笑われちまっただろ」
「正臣が先に仕掛けて来たんじゃん」
 二人は言い合いを続けていたが、口元はにやけている。三人とも含み笑いをしながら、お互いに目を見合わせた。
「……まぁとにかく、行こう!」
 正臣が口火を切って、杏里と帝人の肩に手を回した。
 楽しい休日の予感に、三人は胸を膨らませた。

 昨夜は雨が降っていたのだが、朝には綺麗に晴れていた。足元に僅かに残った水溜りが、キラキラと陽光を反射する。梅雨明けも間近だった。
 昼食までの予定は特に決めていなかったので、三人でふらふらと繁華街を歩いた。休日なので、特に人通りが多い。一応映画館に向けて歩いているが、ウインドウショッピングと称して寄り道を繰り返す。
「園原さん、大丈夫?」
 口数の少ない杏里に、帝人が声をかけた。人通りの多さに圧倒されていた杏里は、はっとして顔を上げる。
「ごめんなさい、ついぼうっとしちゃって。凄く人が多いですよね。雨の日が多かったから、みんな一斉に出てきたみたい……」
「ほんとだよね。一斉に冬眠から覚めたみたいだ」
 帝人と杏里の話を聞いていたのか、CDショップのポスターを見ていた正臣が声をかけた。
「ま、俺らも冬眠から覚めた熊なわけだが、ちょい早いけど昼飯にしねぇ? 遅くなったら席埋まりそうだし」
 正臣の提案に帝人と杏里は頷き、近場のファーストフード店に入ることにした。道を一本入ったところにある店舗に入る。
「ぎりぎりセーフって感じだな」
 注文を済ませて席を取っていた正臣が言った。正臣の言う通り、時間が早いというのに既に席は埋まりはじめている。帝人と杏里もそれぞれに商品を持って席に着いた。窓際に杏里、その隣に帝人、対面に正臣という席順だ。店内は有線がかかっているのか、聞き覚えのあるポップスが流れている。
「映画って二時からだったよね」
 帝人が映画館の上映スケジュールを机に広げた。三人でそれを覗き込む。店内の時計をみると、十一時を少し回っていた。
「この様子だと、チケット早めに買わないといい席取られちゃうな。食べたらまっすぐ向かって、すぐ前のゲーセンで時間潰せばいっか」
 正臣がハンバーガーの包装を開けながら言う。杏里も帝人も、特に異論は無いので頷いた。
 今日行く予定の映画館は、チケット購入時に座席を指定する形式を取っている。チケットさえ取ってしまえば入場時は楽なのだが、上映より早めに行かないといけないのがネックだ。事前にネットで購入する方法もあるが、この時期は天候が不安定なのであまり向かない。
作品名:蜜月―杏里編― 作家名:窓子