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ホロウ・ヒル (1)

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「さようなら、フィー」
 馬上から手を伸ばし、フィーの手を握る。握り返すフィーは涙でボロボロだ。
「元気でね、シェル」
 下働きの少女達が口々にシェルへの別れの言葉を告げる。顔を上げると、姐さん達の顔が窓から見えた。女将さんの姿は見えない。多分、寝込んでいるのだろう。

 シェルはアベルに買われた。ただし、使用人として。
 シェルの借金はアベルが肩代わりして支払い、その返済をシェルはもらった給料から少しずつ返す。アベルは真面目な性格なのか、その場できっちりと紙面を書きシェルに渡した。
「国に帰ったら、正式な手続きをします。それまで、身分証明代わりとして持ってて下さい」
 シェルはその紙を丁寧に畳み、胸に下げている小袋にしまった。
 唯一自分の持ち物であるショールを身に巻き付け、シェルは馬上の人となった。
(私はクリストフを故郷に連れて行く)
 どんなに遠回りになっても、必ずクリストフを連れて行く。
 そのためにはクリストフから離れない事が重要だ。彼はアベルに抱きかかえられていたが、目を覚ます気配がない。クリストフの目が覚め、元気になったら逃げ出す。
 娼館から買い上げてもらったアベルには申し訳ないが、借りたお金はちゃんと返すつもりだ。
「出立」
 アベルの合図で騎馬隊が動き始めた。シェルは2度と戻る事はない子鹿亭の外観を真っ直ぐに見上げ、別れの言葉を呟いた。


 シェルが旅だったあと、別れを言いに集まっていた仲間は時間が立つにつれ、一人ずつそれぞれの仕事に戻っていったが、フィーだけが最後まで残っていた。
 表の通りから旅立ちの興奮が消え去って、ようやくフィーは店に戻ろうと踵を返した。
「ねえ君、子鹿亭の子だよね」
 そう呼び止められ、フィーは声の主に振り返った。
「そうですが……」
 呼び止めたのは、背の高い若い男だった。柔和な顔立ちで口元に笑みを称えているが、どこか店に遊びに来る客と違った得体の知れない気配がする。
 フィーは無意識に、男から一歩退いた。
「当店に何かご用でございますか?」
「やあ、可愛いなあ。お店に出たら、指名しちゃおうかなー……って、はは……」
 フィーの睨むような目線に気付いた男は、何度がわざとらしく咳払いをすると、ようやく用件を切り出した。
「ここに、水色の瞳に銀髪の子供がいるはずなんだ。名前はクリストフ。彼の母親に頼まれて迎えに来たんだ」
「……名前は知りませんが、銀髪の子供はおりました。でも、」
「でも?」
「一時ほど前に、侯爵様の使者と一緒に出発しましたが」
 この台詞を聞いたとたん、男の目と口が大きく開いた。



                            (2)へ続く
 
作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto