シゲの銛(もり)
船から下りるとき、父が肩をぽんと叩いた。
し損じてから帰るまで、ずっと口をきかなかった父のことを、シゲは怒っているのだと思っていた。
まさか、父から慰められるとは思わなかった。でも、シゲはかえってそれが悔しかった。
「父ちゃんになんか、慰めてもらいたくない」
父の背に向かって、小声で悪態をついた。
それから、シゲはこっそり銛を打つ練習を始めた。次につきんぼ漁がはじまるまでに、形だけでもかっこうをつけたかったのだ。
そして、シゲにとっては三度目のつきんぼ漁の時期がめぐってきた。
高校三年になって、シゲは自分の進路を決めた。漁師になると。
その決意はまだ、父には話していない。いつ話そうか言いそびれていた。
漁場が近づいたとき、父が継男に船の操舵を代わらせて、シゲのそばにやってきた。
「シゲ。これはおまえのだ」
真新しい銛を、シゲの手に握らせた。
「父ちゃん……」
「しっかりつけよ」
操舵室にもどっていく父の後ろ姿を見て、シゲは目がしらが熱くなった。父は自分の気持ちをわかってくれていたのだ。
けれど、今はそんな感傷に浸っているヒマはない。魚影の群は近くまで来ている。すぐに継男が見張りに立った。
「シゲ。ボウスベットにいけ」
「うん」
船は大きく揺れる。けれどシゲはしっかりと舳先に立った。
シゲは渾身の力を込めて銛を放った。カジキの尾びれが舞い、しぶきが顔にかかる。
シゲは確かな手ごたえを感じた。