イケナイ恋愛 夜のパーキングで
『イケナイ恋愛 夜のパーキングで』
著者 沢口ヒロ URL http://novelclass.sexysexy.info/
ちゅるんっ、と雪絵のちいさな口に含まれる、白いうどん。
ふっくらとした唇に触れると、雪絵はいつも目を潤ませる。強く抱きしめて長くキスをした後、彼女はしばらく距離をおく。舌を絡ませる深いキスをした後、彼女は逃げるように背を向けた。彼女自身興奮してしまい、理性を保てなるのを怖れているのだ。
キスをしているときの、雪絵が鼻から吐く熱い息と、からだを通して伝わる胸の高鳴りと火照りが、彼女の欲が沸き上がってきていることを証明していた。
しかし、セックスは拒み続けている。彼女とはたったの二度しか、からだを重ねたことがない。
外気温との差で、窓は結露している。暗い闇しか見えないが、雪はまだ止んではいないだろう。山では今晩、吹雪くかもしれない。
隆志と雪絵はスキー旅行の帰りに、パーキングエリアで軽く夕食をとっていた。
同じスキー客だと思われるのが何人かいる。隆志たちと同じような学生の恋人同士で来ている者もいれば、女ばかりである集団、家族連れといろいろだ。彼らは同じように、それなりに高い値段のわりに安い味しか出せない、雑然とした食堂で、彼らなりに楽しんでいるふうである。
汚れた床、腰の位置をずらすとがたつく椅子、テーブルには落書き。恋人どうしか、片想いの馬鹿が書いたのだろう、ハートの中に男女の名があった。
冷えたからだがうどんの湯気に暖められたからか、何度か鼻から垂れそうになるのをハンカチで拭った。雪絵も、鼻をすすりながら食べている。
彼女とつき合い始めてから、もうすぐ二年が経つ。
隆志が、水泳部の後輩であった雪絵に告白されたのは、彼の高校の卒業式の日であった。桜の咲く前の、まだ冬の寒さの残る春先。雪絵は透き通るような真っ白い頬を赤く染め、そのときも少し鼻をすすっていた。
つき合って一ヶ月ほど経つと、雪絵は隆志に気を使ったのか、もしくは女友だちに何か言われたのかもしれない、夜、彼の部屋で初めてからだを開いた。
隆志は今でもはっきりと覚えている。初めて目にした彼女のはだかは、まさに雪のように白く滑らかで、雲母がきららと光るように輝いて見えた。
隆志は興奮に我を忘れそうになりながらも、丁寧に、そして優しく、雪絵のからだをベッドに寝かせる。
彼女はずっと両手で顔を隠していた。緊張していたのは、雪絵ばかりではない。隆志は彼女と同じく、このときが初めての性交であった。
友だちの話やアダルトビデオで何となくは知っているつもりであったが、繊細な女のからだの知識は、まだないに等しい。隆志は若い欲に負け、ついに面倒くさくなり、
「初めてのときはみんな痛いんだから、我慢しろよ」と雪絵に命令するように言い放った。
彼女は弱々しく首を横に振ったが、隆志は構わなかった。
雪絵はちいさな肩を震えさせ、すすり泣いていたが、隆志には彼女の苦しみなどに気を使う余裕がなかった。
行為が終わり、興奮が治まったとき、隆志はようやく彼女の痛みに気づいてやれることができた。彼女の血が、白いシーツを赤く染めていたのを目にしたのだ。それはギリシア神話のアドニスの流した血と同じ色であり、アネモネの花のようであった。
二度目は、さらに失敗をした。
初めてのときの苦しい経験からか、雪絵は長い間からだを許さなかった。そこで隆志は酒の勢いを借りて、半ば無理矢理犯したのだ。
当然のことながら彼は後悔した。そして自らを罰するように、その後二度と、雪絵にセックスを迫っていない。今回の旅行でもしなかった。
食事が済むと、雪絵は化粧室に寄ってくるといって小走りで駆け出した。隆志は一人、車に戻る。ゴミ箱の脇を通ると、ゴミがたくさんあふれているのが目に入った。エンジンをかけ、冷えた車内を暖めようと暖房をいれたとき、ふいに携帯が鳴る。
江尻那津子という一つ年上の女子大生からであった。
彼女とは二ヶ月前、雪絵に内緒で参加した合コンで知り合った。
隆志たちが合コンの会場である飲み屋についたときに、すでに女の子たちのグループは全員そろっていた。始めに隆志の目に留まったのは、座っている女の子たちの中で、他の子と比べて頭が一つ飛び出ていた子である。自分と並んでも、変わらないくらい背が高いだろうな、と隆志は思った。
彼女はグロスを塗ったきらきらと光る唇に、メンソールの細い煙草を咥えている。隆志は、彼女の口元にちいさなホクロがあるのに気づいた。
そのホクロがどうにも可愛らしくて、ちらちらと視線を送っていたら、
「エロボクロっていうのよ」
彼女は細い指で口元を指して、そう言った。これが彼女との初めての会話であり、その後ようやく、互いに自己紹介をした。
江尻とはその日のうちに、ベッドを伴にした。若い欲が溜まっていた隆志は、勢いよく江尻を押し倒したが、年上の彼女はまだ女性経験の浅い幼い男を、優しく制した。
隆志は、江尻との夜を通して本当のセックスを知り、雪絵にしてしまった過ちを思い出し、悔恨の念にかられた。
「ごめん」という言葉が、彼の口からこぼれ落ちた。
「他の女のことを、思い出したの?」
江尻がそう聞いたとき、隆志は今自分が何を言ったのか、初めて気づいた。
「ごめんなさい」
「彼女のことかしら。うまくいっていないの?」
隆志が答えに窮していると、江尻は、ふふ、と笑った。
「奪い取ってやりたくなっちゃったわ」
「え」
隆志が頓狂な声を上げる。
「冗談よ」
もう一度、江尻はちいさく笑った。
電話の声を聞いて、彼女の、冗談とも本気とも取りづらい、女の誘う目を思い出した。
「彼女とは、うまくいった?」
今回、旅行に誘ったらどうかと提案したのは江尻であった。彼女とはよく電話をするようになっていた。話題はもっぱら雪絵とのことについてである。
彼女はおせっかいであるのか、面倒見がいいのか。それとも自分より未熟な二人の恋模様を、さながら週刊誌のゴシップを読むように楽しんでいるのか。
隆志は江尻と話していると、心が安らいでいくのを感じていた。雪絵の隣にいるよりも、気を楽にしていられたのだ。
「いや、まだダメみたいです」
ゆっくりでいい、自分がつけた雪絵の疵が癒えるまで待とう、隆志はそう自分に言い聞かせていた。けれども、すぐそばにいる好きな女を抱けないのは辛かったのは事実だ。
「そう」
ちいさく、短い声。自分の心中を察し、慰めてくれているように隆志には聞こえた。
ふいに、江尻に会いたくなった。そして、彼女ともう一度、一緒にベッドに入りたいとも思った。
「いいわよ」
江尻ならそう言ってくれるだろう。
しかし、隆志は言葉を飲み込んだ。
電話を切ると、車の横に雪絵が立っていたのに気づく。ドアを開けると、
「電話の相手、だれ?」
彼女は静かに訊いた。暖まっていていた車内に、外の冷たい空気が入ってくる。江尻のことは、雪絵には話していなかった。どこか後ろめたさがあったからだろう。
だから、今も言葉を濁してしまう。
すると突然、雪絵は隆志の口をふさぐように、唇に唇を重ねた。彼女は両手で愛おしそうに彼の頭を抱え込み、彼は自分の手を彼女の腰に優しく回す。
著者 沢口ヒロ URL http://novelclass.sexysexy.info/
ちゅるんっ、と雪絵のちいさな口に含まれる、白いうどん。
ふっくらとした唇に触れると、雪絵はいつも目を潤ませる。強く抱きしめて長くキスをした後、彼女はしばらく距離をおく。舌を絡ませる深いキスをした後、彼女は逃げるように背を向けた。彼女自身興奮してしまい、理性を保てなるのを怖れているのだ。
キスをしているときの、雪絵が鼻から吐く熱い息と、からだを通して伝わる胸の高鳴りと火照りが、彼女の欲が沸き上がってきていることを証明していた。
しかし、セックスは拒み続けている。彼女とはたったの二度しか、からだを重ねたことがない。
外気温との差で、窓は結露している。暗い闇しか見えないが、雪はまだ止んではいないだろう。山では今晩、吹雪くかもしれない。
隆志と雪絵はスキー旅行の帰りに、パーキングエリアで軽く夕食をとっていた。
同じスキー客だと思われるのが何人かいる。隆志たちと同じような学生の恋人同士で来ている者もいれば、女ばかりである集団、家族連れといろいろだ。彼らは同じように、それなりに高い値段のわりに安い味しか出せない、雑然とした食堂で、彼らなりに楽しんでいるふうである。
汚れた床、腰の位置をずらすとがたつく椅子、テーブルには落書き。恋人どうしか、片想いの馬鹿が書いたのだろう、ハートの中に男女の名があった。
冷えたからだがうどんの湯気に暖められたからか、何度か鼻から垂れそうになるのをハンカチで拭った。雪絵も、鼻をすすりながら食べている。
彼女とつき合い始めてから、もうすぐ二年が経つ。
隆志が、水泳部の後輩であった雪絵に告白されたのは、彼の高校の卒業式の日であった。桜の咲く前の、まだ冬の寒さの残る春先。雪絵は透き通るような真っ白い頬を赤く染め、そのときも少し鼻をすすっていた。
つき合って一ヶ月ほど経つと、雪絵は隆志に気を使ったのか、もしくは女友だちに何か言われたのかもしれない、夜、彼の部屋で初めてからだを開いた。
隆志は今でもはっきりと覚えている。初めて目にした彼女のはだかは、まさに雪のように白く滑らかで、雲母がきららと光るように輝いて見えた。
隆志は興奮に我を忘れそうになりながらも、丁寧に、そして優しく、雪絵のからだをベッドに寝かせる。
彼女はずっと両手で顔を隠していた。緊張していたのは、雪絵ばかりではない。隆志は彼女と同じく、このときが初めての性交であった。
友だちの話やアダルトビデオで何となくは知っているつもりであったが、繊細な女のからだの知識は、まだないに等しい。隆志は若い欲に負け、ついに面倒くさくなり、
「初めてのときはみんな痛いんだから、我慢しろよ」と雪絵に命令するように言い放った。
彼女は弱々しく首を横に振ったが、隆志は構わなかった。
雪絵はちいさな肩を震えさせ、すすり泣いていたが、隆志には彼女の苦しみなどに気を使う余裕がなかった。
行為が終わり、興奮が治まったとき、隆志はようやく彼女の痛みに気づいてやれることができた。彼女の血が、白いシーツを赤く染めていたのを目にしたのだ。それはギリシア神話のアドニスの流した血と同じ色であり、アネモネの花のようであった。
二度目は、さらに失敗をした。
初めてのときの苦しい経験からか、雪絵は長い間からだを許さなかった。そこで隆志は酒の勢いを借りて、半ば無理矢理犯したのだ。
当然のことながら彼は後悔した。そして自らを罰するように、その後二度と、雪絵にセックスを迫っていない。今回の旅行でもしなかった。
食事が済むと、雪絵は化粧室に寄ってくるといって小走りで駆け出した。隆志は一人、車に戻る。ゴミ箱の脇を通ると、ゴミがたくさんあふれているのが目に入った。エンジンをかけ、冷えた車内を暖めようと暖房をいれたとき、ふいに携帯が鳴る。
江尻那津子という一つ年上の女子大生からであった。
彼女とは二ヶ月前、雪絵に内緒で参加した合コンで知り合った。
隆志たちが合コンの会場である飲み屋についたときに、すでに女の子たちのグループは全員そろっていた。始めに隆志の目に留まったのは、座っている女の子たちの中で、他の子と比べて頭が一つ飛び出ていた子である。自分と並んでも、変わらないくらい背が高いだろうな、と隆志は思った。
彼女はグロスを塗ったきらきらと光る唇に、メンソールの細い煙草を咥えている。隆志は、彼女の口元にちいさなホクロがあるのに気づいた。
そのホクロがどうにも可愛らしくて、ちらちらと視線を送っていたら、
「エロボクロっていうのよ」
彼女は細い指で口元を指して、そう言った。これが彼女との初めての会話であり、その後ようやく、互いに自己紹介をした。
江尻とはその日のうちに、ベッドを伴にした。若い欲が溜まっていた隆志は、勢いよく江尻を押し倒したが、年上の彼女はまだ女性経験の浅い幼い男を、優しく制した。
隆志は、江尻との夜を通して本当のセックスを知り、雪絵にしてしまった過ちを思い出し、悔恨の念にかられた。
「ごめん」という言葉が、彼の口からこぼれ落ちた。
「他の女のことを、思い出したの?」
江尻がそう聞いたとき、隆志は今自分が何を言ったのか、初めて気づいた。
「ごめんなさい」
「彼女のことかしら。うまくいっていないの?」
隆志が答えに窮していると、江尻は、ふふ、と笑った。
「奪い取ってやりたくなっちゃったわ」
「え」
隆志が頓狂な声を上げる。
「冗談よ」
もう一度、江尻はちいさく笑った。
電話の声を聞いて、彼女の、冗談とも本気とも取りづらい、女の誘う目を思い出した。
「彼女とは、うまくいった?」
今回、旅行に誘ったらどうかと提案したのは江尻であった。彼女とはよく電話をするようになっていた。話題はもっぱら雪絵とのことについてである。
彼女はおせっかいであるのか、面倒見がいいのか。それとも自分より未熟な二人の恋模様を、さながら週刊誌のゴシップを読むように楽しんでいるのか。
隆志は江尻と話していると、心が安らいでいくのを感じていた。雪絵の隣にいるよりも、気を楽にしていられたのだ。
「いや、まだダメみたいです」
ゆっくりでいい、自分がつけた雪絵の疵が癒えるまで待とう、隆志はそう自分に言い聞かせていた。けれども、すぐそばにいる好きな女を抱けないのは辛かったのは事実だ。
「そう」
ちいさく、短い声。自分の心中を察し、慰めてくれているように隆志には聞こえた。
ふいに、江尻に会いたくなった。そして、彼女ともう一度、一緒にベッドに入りたいとも思った。
「いいわよ」
江尻ならそう言ってくれるだろう。
しかし、隆志は言葉を飲み込んだ。
電話を切ると、車の横に雪絵が立っていたのに気づく。ドアを開けると、
「電話の相手、だれ?」
彼女は静かに訊いた。暖まっていていた車内に、外の冷たい空気が入ってくる。江尻のことは、雪絵には話していなかった。どこか後ろめたさがあったからだろう。
だから、今も言葉を濁してしまう。
すると突然、雪絵は隆志の口をふさぐように、唇に唇を重ねた。彼女は両手で愛おしそうに彼の頭を抱え込み、彼は自分の手を彼女の腰に優しく回す。
作品名:イケナイ恋愛 夜のパーキングで 作家名:沢口ヒロ