ブスな心が恋してる!貴方がいるから・・・(3)
ある時は、どちらかともなく、選んで、DVDを手に取り・・・
「ねぇ~これでしょう!」
「また、観たい気がしない、純ちゃん!」
そんなふうに「夏湖」は言って、純輔にねだるのが得意だった!
この映画を観ては、ワンシーン、ワンシーン、お互いの好きな場面を競い合いながら、常にふたりは新しい発見を語り合い楽しんでいた。
そんな思い出が、純輔は悲しみと苦悩の中から、這い上がる力を、いつも、「夏湖」が
語りかけているように、感じて、日本へ帰国する事になった。
しばらくは、仕事もなかったが、純輔は焦らずに、仕事の以来を待っていた。
そして、又、脇役からの再出発だけれど、俳優として演じられる事の喜びを純輔は感
謝していた。
俳優としていろいろな役柄を丁寧に演じながら、時はゆっくりと過ぎて行った。
純輔も今は50歳を過ぎて、中堅の俳優として、認められて、今は、主役を演じては
ある演技賞に輝いて、又、脇役でもあっても純輔の感性のうごく作品には迷うことな
く出演し、高評を受けていた。
夏湖がなくなってからは、仕事も前のように、忙しくて困るほどはせずに、時には演
出を手がける事もある、有意義な生き方で、自分の感性が求める仕事を選べる立場に
もなれた。
純輔は、ふと、自分が生まれ、育った、故郷を訪れてみようと思えるのだった。
高校を卒業と同時に、故郷を逃げ出すような思いで、家を出た、故郷!
(五十二)最終話
純輔の父の家は日本海に鳥海山の長い影を映す秋田県のある町!、鳥海山の山すそが
広がる場所にあった。
大きな町の郊外に秋田杉の製材工場と販売を手広く取り扱う会社を営む古くから代々
引き継がれた家だった。
父はどちらかと言えば、材木商よりは、とてもワインに興味を持ち、ワイン作りの夢
を持つ人だった!
又、絵画にも精通していた人で、特に、セザンヌやモネ、シャーガールなどの絵画を
数点所蔵していて、自宅の隣に小さな美術館を開いた事をだいぶ以前に、純輔に知ら
せて来た事があった。
純輔が家を出たのち、数年が過ぎた頃に秋田杉の商いをやめて会社を父の友人に任せ
て、純輔の父はワイン作りに取り組みだした。
住まいも母と純輔が過ごしていた、田沢湖畔の家を小さなホテルとレストランに変え
て、そしてワイナリーを経営して成功していた。
現在では味と香しい香りのワインで知られたワイナリーとして、地元やワイン好きの
人であれば、一度や二度は聞いた事のある銘柄で「ときの翼」の醸造元だった。
母は純輔がまだ幼かった頃から病弱で、病気治療の為に田沢湖畔にあった別宅で母と
お手伝いさんに育てられた。
純輔が幼かった頃は秋田杉の製材工場が忙しくて、父はたまに母の見舞いに来る程度
でしか父に会うこともなく成長した為にどうしても何処か馴染めない他人のような感
覚で接していた。
母は純輔が中学2年生になったばかりのあの日、真冬の寒さが厳しい日に突然なくな
った。
母は純輔にとって、特別な存在だった!
父が仕事が忙しくて、一緒に生活していない事で、馴染めない存在だったから、純輔
にとっては母はすべてにおいて特別な存在だった気がしていた。
そんな大切な母が亡くなって一年も経たない頃に、父は再婚した!
しかも、その人は、純輔が初恋ともいえるの淡い想いを抱いてた女性で、まだ、二十
歳を少し過ぎたばかりの眩しいほど美しい人だった!
純輔の母方の遠い親戚筋に当たる女性で、時々、純輔の勉強を見てくれる、母代わり
であり姉のような、又、思春期の純輔にとって、異性として始めて意識した女性だった!
純輔の未成熟な精神と肉体のぎこちない想いで、彼女の美しさが眩しくて、ときめき、胸が苦しくなるほど大好きな女性だった。
母が亡くなって、父とこの女性が結婚して、純輔は田沢湖畔の家を離れて、父の住む
家に越してから、広い大きな家の中で、純輔と新しい母はふたりきりになる事が多く
なった。
そんなある日、純輔は新しく母になった憧れの人に恋しさと、思春期の胸の苦しさから、たった、一度、恋しさを告白して、手に触れ、握ってしまった!
そして、思わず、自分の胸に義理の母の手を押し付けて、こんなに苦しいのにと、自
分の想いを打ちあけてしまったが、何も変わらない現実!その後の、義母との一緒の
生活の日々は、純輔とって、地獄だった。
だから、高校を卒業したその日に、家を出たのだった。
その後は、秋田での自分を忘れる努力で生きて来て、故郷へも、実家にも、それ以来
一度も帰っていなかった。
父はもうすでになくなっていて、母の違う妹がいるはずだけれど、その妹にも一度も
会ったことがない!
父が亡くなった時に連絡をして来たけれど、純輔は、父に別れを言う気持ちにはなれず、葬儀にも出ていなかった!
父が亡くなった時は、純輔にとって、一番大切な、「カコ」が亡くなって、すこしの時
期が過ぎた頃の事だった。
故郷を離れてもう四十年近い歳月が過ぎて行った。
純輔は、過ぎ去った歳月の思い出がまるで、映画のシーンを早回しするように次々と
浮かんでは消えて行く・・・
田沢湖畔の家に向かう車窓から見る風景はあの「秋田駒が岳」のうっすらと雪をつけ
た美しい姿に胸の鼓動が早打ちするほどの懐かしさと喜びに似た緊張感に酔うような
思いになった・・・
そして田沢湖を左に見て少し車を走らせた場所に黒い土塀が眼に入って来た、あの懐
かしい故郷、大切な母と過ごした場所、純輔が育った家の前に立った!
門の扉が開き、純輔を迎えてくれた、若い女性の手に引かれた小さな女の子を見た時!
あまりにも「カコ」の面影に似た、幼い姿に衝撃をうけて、心はさわぐ不思議さを感
じた。
この愛くるしい笑顔、幼さの微笑み!、小さな女の子の雰囲気があまりにも、純輔の
愛した人!
「杉本夏湖」によく似ていた・・・
だが、この子は、純輔の姪の梨沙ちゃんだった。
お互いの挨拶を済ませて、純輔この幼い女の子を抱き上げた時、長く心の片すみにある、不思議な感覚の疑問が消えて行ったような思いになった。
『ああ~この出逢いがあったから、私はどんなに望んでも『カコ』とは男と女の契り
に踏み込めなかったのだろうか・・・』
輪廻転生、人は生まれ変わり・・・
『ねぇ~純ちゃん、可愛いでしょう・・・』
『私たちには叶わなかったけれど!』
『今、目の前の姿が、本当に可愛い!』
『純ちゃんと私の夢と希望が実現したように想うの、そんな気がしない!』
『命は永遠に引き継がれて行くのね~~~』
『私、きっと又出逢えるわ、純ちゃんにね~~~』
ふと、純輔の心に「カコ」の話す、囁く声が聴こえたように純輔は感じて・・・
日々の命の営みが時に貴方を欺いたとて
悲しみを又いきどおりを抱いてはいけない
「プーシキン詩集より」
『完了』
作品名:ブスな心が恋してる!貴方がいるから・・・(3) 作家名:ちょごり