ブスな心が恋してる!貴方がいるから・・・(3)
ないかと願う、信仰心の持たない親であっても、見えない存在に祈りを捧げたとして
も当然の思いだった。
たとえ、完治する事が出来なくても、ベットから起き上がれて、もう一度、笑顔を見
せてくれて、そうだ!、昔のように、家族で旅行が出来るかも知れない!
そんな、虚しい夢を見ていたから、純ちゃんへの移植手術は、親としては認めたくない、娘は自分から命の灯を消してしまうような行為にしか受け取れずに、両親は苦しんで
いた。
カコはその事も充分に承知している事だし、何度も話しても、親としては理解出来な
いだろうけれど、私の気持ちを優先させてくれた!無謀とも思える事に同意してくれ
た両親の愛情の深さに感謝していた。
カコはもう、一日の殆どを、ベットに横になる生活の中で、夢ばかり見ていた。
いつも、同じような夢ばかりだった。
カコは夢の中で自分の姿を見ていた、何処かの草原を裸足で走っては、遠くで誰かが
私を呼んでいる、そんな、同じような夢だった。
そして、草や小さな花からの夜露に濡れた足の冷たさでいつも目覚めては悲しみだけ
ではない、言い知れぬ幸福な感情にもなっていた。
そんな日々のある日、夢なのか現実なのか!突然、純ちゃんは、私の前に現れてあの
力強い腕で、私を抱き起こしてくれた!
「カコ、何をぐずぐずしているんだよ!」
「いつまでも、寝てばかりいてはダメだよ!」
「さあ~急いで支度してよ!」
「どうしても君と一緒にいきたいところがあるんだ!」
「やっと、カコを迎えに来れたよ!」
「本当にながく待たせてしまったね!」
「もう、大丈夫だよ!」
「僕は元気だからね!」
「今日はふたりの特別な日だね!」
「いつまでも、寝てばかりいたら、僕は・・・」
「僕はどうすればいい・・」
「そうだよ!、起きてくれないと、怒っちゃうからね!」
そう言って、私を着替えさせてくれて、抱きかかえて歩き出した!
純ちゃんは、とても元気で、眼もよく見えているようだった。
「カコ、実はね、今日は、僕が、ハリウッド映画に出演した映画!」
『遠い祖国』
そう、そうだよ!、「遠い祖国」の日本公開の初日なのだよ!
だから、僕とカコは一緒じゃなきゃにダメなのだよ!
ふたりが一緒に観れなくちゃ、カコも悲しいだろう、怒っちゃうだろう・・・
(五十)
純ちゃんは笑顔で言った、けれど、今日は!「そ・の・前・に」君との約束を果たす
日だよ!
「今日は、何も言わずに!」
「僕の後について来てくれるね!」
私は返事をしたいけれど、声が出ないようで、言葉にならないから、心で答えた。
「純ちゃん!、それは無理よ!」
「だって、私、純ちゃんに、抱っこされたままだから・・・」
「純ちゃんの後ろからは、ついて行けないわ~」
そんな会話をお互いの心で話している時、街角の小さな教会の前で、純ちゃんは、立
ち止まり、教会の扉が自然に開いて、たくさんの美しいお花に飾られた、バージンロードが遠くまで広がっていく・・・
純ちゃんは私を抱きかかえたまま、バージンロードを進み、十字架の前で!
『カコ、約束だよ!』
『頑張って、ふたりで生きて行こうね!』
『今日が、ふたりの生活がはじまる日だよ!』
『ずっと、ずっと、毎日、君を愛して行くよ!』
『だから、君も約束してほしい!』
『僕をいつまでも愛していると言ってほしい!』
『愛してると!言ってほしい、まだ、聴いていないんだ!』
『君からの愛してるの、言葉を!』
純ちゃんと私は永遠の愛を誓い合った!
私の微かな意識の中で、純ちゃんとふたりだけの試写会場に居るようだった。
純ちゃんの出演したハリウッド映画『遠い祖国』を観ている、大きなスクリーンが、
何度も、何度も、純ちゃんのあの愁いのある瞳をクローズアップを映していた!
他に誰もいない、たったふたりだけの公開初日を!
純ちゃんと私は公開日とヒット願いながら、お祝して、ワインを酌み交わしている!
もちろん、カコは飲めるはずも無いけれど、口の中でわずかにワインのかおりで潤った。
そして、カコは、純ちゃんにつたえた!
『純ちゃん、おめでとう!』
『とても、素晴らしい演技でした!』
『とても素敵な感動をありがとう!』
『これからもず~と、素敵な人でいて!』
『私に感動を届けてね!』
『私の大好きな俳優でいてね!』
そう伝えるのがやっとだった。
カコは本当に幸せだった!
確かに、三十数年のあまりにも短い生涯ではあっても、こんなに素敵な「純輔」とい
う男性にこんなにも深く愛されて過ごした私の人生は幸福な日々だった・・・
「夏湖」はもう何も想い残す事も、悔いも無い喜びに満たされていた・・・
「いつかふたりは別の世界で寄り添いながら比翼の鳥に生まれかわり天高く舞う事を
願いながら・・・」
カコは、純ちゃんの胸の中で抱かれたまま、幸せな心で、ゆっくりと瞳をとじて、意
識がかすかに、かすかに、薄れて行く・・・
(五十一)
純輔は夏湖をしっかりと胸に抱きしめたまま、しばらくはそこを動こうとはしなか
った!
人は誰でもがかぎりある命、私のその命の一部が純ちゃんの中で生きつづけられる喜
びにあふれて私は旅立つ!
いつの日かきっと又出逢えると約束を交わして・・・
純輔は、夏湖がなくなってから、すべてを知った!
純輔はあまりにも衝撃が大きくて、混乱と苦悩する日々を、しばらくの間、アラスカ
で暮した、俳優としての仕事を一切止めて、まるで、世の中から自分の姿を消してし
まいたいように思いながら暮していた。
夏湖の純輔への遺言と言うべき物はなかった、ただ夏湖の両親から渡されたいくつか
の遺品をまだ純輔は開けて見る事が出来なかった。
夏湖は生前に純輔へすべての想いを伝えていた事で、遺言書は書いていなかった。
純輔は傷心の中、アラスカで暮していて、高津さんや伊達聡介さんの心遣いに救われ
る思いだった。
お二人との年齢も近い事もあり、さりげない気遣いが嬉しかった、また、釣りを進め
たばかりに、事故にあった事に責任を感じていた、あの女性、三島美佐子さんが、純
輔の面倒を見てくれていた、自分の家からすこし離れた場所にある、作業所を、純輔
が住めるように改造してくれて、何くれとなく世話をしてくれた。
純輔は夏湖が亡くなった事も認められず、夏湖のいないこの世界で自分がなぜ生きて
いるのかが不思議だった。
なぜ、ここ、アラスカに来たのかも考えずに、無意識に体だけが行動させてここに来
てしまった。
そしてどのくらいの日々をアラスカで暮していたのか・・・
何をして暮していたのかも、しばらくは純輔の記憶の中には消えていて無かった!
ただ時間だけが過ぎて行った。
そんな中で純輔は生まれ持った生命力の強さから、少しずつ、自分を取り戻して、や
がて、精神的に不安定ながら、純輔自身に戻って行った。
そのきっかけは、純輔と夏湖がふたりで良く見た映画のポスターだった!
純輔がその時生活していた作業小屋には、三島美佐子、彼女が若い頃大切にしていた
記念の品がまとめられていた。
その中にあった!
映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の古いポスターだった!
純輔と夏湖はこの映画が本当に大好きだった、だからこの長い映画を観られる時間が
作品名:ブスな心が恋してる!貴方がいるから・・・(3) 作家名:ちょごり