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名前とは言い難いかもしれない。実際名前ではないから、渡したというには傲慢すぎる。それでもリーフに渡せるものがその時何も思いつかなかったから。

「お前は名も無きウサギだ。いいな、お前はウサギじゃない。
 僕の名も無きウサギだ。僕のだから、勝手にお前がお前を傷つけることは許さない」

今思えば、何も知らない無知な人形が必死で相手を傍に留めようとしていたようなものだった。
滑稽なその言葉にウサギは従った。

その言葉に人形は縋っていたのだ。

「今更だ・・・本当に。思い出したって・・・」

リーフの中に諦念が生まれたとしても、あの道以外あの時のリーフには見つけられなかったのだ。
自分の中に必ずあるとすれば、死に対する想いだけだったのかもしれない。

死だろうか?

そう、リーフは問いかける。

違うだろう。

『彼』と同じように失くすことが怖かっただけだった。
自分の前から消えた育て親のように、ウサギに消えられるのが怖かっただけだ。

ウサギたちはリーフに共に父のもとへ還ろうと語りかけてくる。

それこそが正しい定めであると。

引き摺ってでも彼らはリーフを連れていくだろう。目の前の自分のウサギを見た。
彼だけが今も戸惑っている。

ウサギの本能は一つだと思っていたリーフは、自分のウサギの様子に少し可笑しくなって微笑む。
彼の見えない右目にそっと触れて見上げる。

「なんて表情してる。お前は自分の役目を果たすんだろう?」

ウサギの頑ななな拒否に、リーフが苦笑をしてみせる。

「お前一人が粘ってもどうなるわけじゃない。僕達は父の元に行くんだ。
 そして・・・約束を果たすよ。お父さん」

その言葉にウサギの身体が大きく震える。彼はリーフの幼き時の父の心を持っていると確信していた。
ならば、この先にいる父はリーフの知る父ではなく、父が止めようとしていた相手のはずだった。

「仕方ないから護るよ。
 ここまで来たら、僕のできることは・・・約束を果たすだけなんだろうね」

父の姿を取ることがもうできない彼が残した言葉。
それをリーフは守ろうと思う。

「僕が何故創られたのかは知ってる。
 ルイスが欲しかったから、また同じように逃げられるのが厭だったから僕とロイが創られた。
 ・・・そんな僕らができることってきっと限られていたんだよね・・・。
 それでも、僕がシェロに会ったこと、伯爵に会ったこと、ロイやキアラ、エレナと共にしたこともすべて無かったことじゃない。
 僕がこの何百年も生きていたことも無駄になんかなっていない。この時代で終わりにする」

自分は父と別れた時と同じではないと思う。世界を知って、人の想いに触れたことは何にも代えがたいものだったはずだ。
名も無きウサぎが元々の命に背くようになったのも、この何百年の話だった。

「今が、機会だったんだよ」

優しく言い聞かすように彼の首元を撫でる。彼の躊躇がこれほどにからっぽの自分に響く。
これを教えてくれたのは父でもなく、リーフにかかわった者たちだった。

「ウサギ、別れは悲しむことじゃない」

「また、次僕が目覚めるまでの約束だ」

はっとしたように顔を上げる自分だけのウサギから手を離してリーフは微笑む。
目指すは父のもと。
愛すべき父ではないかもしれない。けれど、父の断片の想いをリーフは叶えてあげたいと思うのだ。



行くなと名も無きウサぎの姿をしたシオンは言いたかった。
生まれた頃から欠落した人形だったリーフが成長していくのをこんな姿でも見ていられたことはシオンにとって救いだった。
幸せは、彼の元にもきっと訪れると。
自分は悲しいけれど、また彼がいないと自分をがらくたのように扱ってしまうかもしれないけれど。
自分の元に彼の幸せがなく、護りきれないならばどうかどうか逃げてほしかった。
空の下歩いているだろう青年の元にいてほしかった。

『わたしなんてわすれて』

リーフは忘れていなかったことがうれしくてこんなにも切ない。
いつだってシオンを喜ばせてくれたのはリーフの動作一つ一つだったのだ。
情のないように見えるか。
自分勝手のように見えるか。
それでも赤い綿を手にとって叱る彼もウサギに凭れかかる彼も愛おしい存在だった。


彼の意思を変えられないウサギは、涙も溢せずにその場に立ち尽くすしかなかった。





名も無きウサぎは『彼』に還ることなく、時間は経ち、こちらの世界の絶対的な意思を持った崩壊は止まった。

ルイスもリーフもこちらの世界に戻っては来なかった。

ギルドはあれから再開はされておらず、生き残ったpiello達は自然に向こうの世界に溶け込んで生きるようになった。ウサギたちはシオンの欠片を持ったままこちら側に留まっているようだった。
名も無きウサぎもまた彼の眠っていた薔薇の棺の傍で巨体を沿わせていた。

永劫の時間の中で彼の仕事だった棺からの解放。
ここにいればリーフは戻ってくるような気がしてどうしても離れられなかった。
人形は消滅しかない。そう知っていても。

けれどどこかで

人として生き直し、また此処へ帰ってくるような気がしている。




それは何百年も昔の人形とウサギの約束ー
作品名:laughingstock-rabbit- 作家名:三月いち