laughingstock-rabbit-
「ルイス、僕のウサギに会わせてくれないか」
「・・・お前がそう望むなら」
ルイスはそういうと炎に入れた腕を引き抜く。そして、リーフの腕を掴んで数歩背後へ下がった。
理由はすぐに理解した。炎の中から生まれる姿があったからだ。
「ウサギ・・・」
あの見間違えることの無いウサギが炎の中、燃えることなく纏うことなくこちらへ具現しようとしていた。
異様な雰囲気に言葉を呑む。
ウサギは一匹ではなかった、後から後からウサギ達は炎の中から姿を現す。いつもの通り、燕尾服を着てどこかに他者と見分ける物を付けて。
彼等はリーフやルイスに見向きもせずに、先刻リーフたちが入ってきた扉へ向う。
「彼等は自分のpielloを迎えに行くのだ。父の元へ誘うために」
「父の元へ」
ルイスの言葉を反芻させる。しかし、それだけの意味ではない事をルイスの硬く強張った表情が言っていた。
「彼等は・・・父の元へ行ってどうなるんだ?」
「文字どおり、統合される。すべてを奪われ、こちら側での死を迎える。
そしてpiello達は父の記憶の中で生きていく。おそらく・・・」
そんな馬鹿なことがあってたまるかと思い、そう続けようとするがルイスが聞けとばかりに鋭くリーフを射抜く。
「この世界の一部となるのかも知れないな。永劫出られない世界に縛られ続けるのかもしれない。
だが、彼等にとって幸せであるのかもしれないな。ウサギと共にいられるのだから」
しあわせ。ウサギと共に在ることが幸せだというのだろうか。piello達はリーフとは違う。向こうの世界で生まれて願う事によりこちらに連れてこられた者達だ。
向こうに帰ろうとは思わないのだろうかとリーフはふと思った。
(僕は此処で生まれたけど・・・此処に帰らないと生きていけないから此処へ帰るだけだからな・・・)
彼らの気持ちは分かることはできない。傍にいるのがルイスだから余計そう思うのかも知れないとリーフは思う。
「ルイスは此処に戻る気はなかったのだろう?」
「ああ。ある訳がない。此処でウサギと心中も御免だ」
そういう彼はウサギ達と共に炎の中へ戻るpiello達の姿を捉えていた。従順に、どこか恍惚とした表情で彼等は炎の中へ入っていく。
あれがしあわせというのだろうか。
「人はウサギの中に失くしたものを見るという」
「それを拒否するかどうかは相手次第だが、殆どの者はウサギに愛着を持つ。愛すべき感情をもつ。
それを拒否した時、ウサギとの縁が切れたとき、忘れさせられていた向こうへの愛着を思い出した。同時に得たのは、pielloとなったことによる代償のような力だ」
ルイスは左肩辺りを服の上からそっと押える。ルイスはウサギを拒否し、この世界を捨てた。その結果、得た力があの業火の炎なのだろう。
(僕にはできないこと・・・か)
創られたリーフが向こうへの愛着を見つけることはないと思う。生まれた頃からpielloだったリーフには縁のない話。
けれどどこか羨ましく思うのは何故だろうか。
自分の中に最後にウサギしか残っていないからかもしれない。
「お前はこれからどうするんだ?」
「僕のウサギに会って、父の元に行くよ・・・。それが本当に僕のすべき『使命』だ」
そして父を止めることだとはっきりとわかる。その瞬間、光に呑まれて周囲が分からなくなった。
光に呑まれながら、彼の力が干渉しなかったのは人形だったからだろうか。辿り着いた先はガラクタ置き場ではなく、本当の意味で彼の世界だった。
向こうの世界と同じ空気でまったく違うシオンの世界。そこでシオンを見た。
ウサギの姿をしていたのだろうたくさんのシオンがいた。彼らは顔を合わせ、ああでもない、こうでもないと話している。その傍で同じ顔のシオンがもう一人のシオンを壊していた。
此処に吸収された記憶などが集まり、統合しようとしているのだろうか。
あまりに馬鹿らしく、無謀なことだった。
その中に、一人だけ見たことのあるシオンがいた。あれは、おそらくリーフの『シオン』だろう。
生まれてすぐに消えた彼は此処にいたのか。
違う。ずっと傍にいたのに気付かなかっただけだった。
「・・・そうか。僕の名も無きウサギが君だったんだね。シオン」
そう問いかけるとシオンは、何故?と口だけ動かした。
名も無きウサギは此処へリーフを連れてきたくはなかったのだろう。だからこそ一人で此処へ戻った。彼はそういう人格を持っていたから。
これはリーフの裏切り行為だ。そして自分のウサギを敵に回した瞬間だった。
彼の表情がぐにゃりと歪む。ウサギが牙を剥く瞬間をこの目で見るとはリーフ自身でも想像もつかなかった。だから
「ごめん」
ずっと傍にいたからこそ。必要としてきたからこそ。リーフが終わらせるしがらみだった。
(もう、起こしてもらえない。一緒に向こうに行くことも無い。・・・願いを僕が叶えることも無い)
「ごめん・・・」
もう見たくはなくて、眼を閉じる。
しかし彼から与えられたのは、髪を撫でる暖かい手だった。眼を開くと、優しい眼で見つめる彼が一人。
「約束を、どうか果たしてほしい。私の子」
生まれてすぐの時の記憶が一気に蘇る。
あの風景は、一体どこなのか。懐かしく黄金色の畑の傍の館に二人でいて、何も答えない何も食べない何もしないリーフの世話を甲斐甲斐しくしていた彼との生活。
何の感情も生まれていなかったあの頃、彼が何をしようとも興味が生まれなかった。
でも彼は野菜が収穫されるとリーフによく見せた。いろんなものを見せ、空の移り変わりなどを教えていた気がする。
いつか、彼が夜魘される様になって、昼間起きることが少なくなってからウサギの人形を持ってきた。
それを抱いて離さなかったリーフに彼は苦笑した。
そんなリーフをウサギごと抱きしめて、彼は謝ったのだ。
人形のリーフに何度も謝ったのだ。
あの頃からようやく彼を、リーフは「人」と認めたのだ。
しかし、彼は自分が消えることを知っていて、リーフに最期の願いを伝えた。
『いつか』
「やくそく・・・」
『僕に会ったら』
「やく・・・そく」
『もういいんだと言ってあげて欲しい』
思い出した瞬間、言えないと思った。
人形に涙はない。
胸が痛むことはない。
こんな滑稽なことはない。
ないはずなのに。
「ウサギ・・・」
彼は気づけば、他のウサギ達の前に立ちはだかるように立っている。その身体の箇所箇所から綿がはみ出している。
一つは大きな穴が空いており、その穴を掻き毟るようにウサギが綿を取り出している。その足元には雪のように散らばる体の一部。
「やめろ!!名もなきウサギ!!!」
思わず叫ぶけれど、彼は手を止めない。
出会ってすぐから、ウサギは自分への自傷癖があった。自分の感情のコントロールができずに、苛立ちとか自分への怒りなどすべて自分に向かわせてしまう。だから、リーフが呆れながら止めさせていた。
そんなことをしても無駄なのだと。
何度言っても繰り返してしまう自分のウサギの虚無を知ってから、彼に『名前』を渡した。
作品名:laughingstock-rabbit- 作家名:三月いち