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laughingstockーerenaー

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この生きる屍となった者達の中で何かを探すように周囲を見渡しているpielloに近付く。小柄な少女はかつてリーフと共にギルドでウサギを大切にしていた者だった。
 彼女の側にリボンをつけたウサギはいない。

「エレナ・・・」

 声を掛けると彼女は驚いたように振り向き、リーフの元に駆けてくる。

「リーフ、どうしたの?こんな所まで・・・。危ないわ!」
 そういってぐいぐいと出口の方向へ押してくる。その手を掴んで同じくらいの背丈の彼女と視線を合わせる。目は虚ろだった彼らと違うはっきりと意志のある瞳だった。

「君こそ何故こんなところにいるんだい?」
「パパスを探しているの。ずっと見失ったままなのよ」
「ずっと一緒にいただろう?」

 そう聞くとエレナは頭を振り、涙を浮かべた。話を聞くとリーフと共に館に連れていかれてから記憶が曖昧らしい。気が付いたときはこの廃城で倒れていたらしく、ウサギの姿はなく気配も感じることはできなかった。そんな状態で恐慌状態になっていたらロイが此処までエレナを連れてきたらしい。

「私、多分長い間パパスを一人にしちゃったんだわ・・・あの子寂しがり屋なのに。ロイが此処にいろって連れてきてくれたんだけど皆何か変なの。
 ・・・此処はきっと危ないの。リーフ、早く戻った方がいいわ」
「エレナ、君も行こう。此処にいる事が良いとは思えない」

 彼女は優しい。いつも誰かの心配をしている。けれどウサギを最も気に掛けている。今此処に放っておくことは良い判断とは思えなかった。
 ルイスに共に連れて行く事の確認を取ろうとしたら、エレナに服の裾を引っ張られた。彼女は涙を零しながら首を縦には振らなかった。

「でも・・・パパスがいないのよ。・・・私、あの子を探さなきゃ」

 エレナを説得しようとしたとき、立っていられないほどの地響きが起こる。部屋全体というより城全体が揺れるような地震に、壁が崩れていく。身を庇うように頭を抱え、伏せる。その中平然とルイスは立ち尽くしている。

「リーフ、時間切れだ・・・。統合が始まった」

 初めて彼の表情に動揺が見えた。それはこれから起こる事が良い方向に向かっている訳ではない事を示していた。教えるようにリーフ達のいる部屋が崩れていく。まるで何処かに導かれるような光に目を細める。
 光が収まると異様な空間に包まれていた。暗く、狭い玄室のような場所。リーフの眠る硝子柩が置かれている場所のようだった。
 青い光が中心に漏れている。その中心は眩い光に包まれてよく見えない。深い穴のようなものなのかもしれない。

「・・・ルイス、此処は・・・」
「リーフ、これが統合だ・・・」

 あのルイスの声が震えている。動じはしない彼の視線は釘付けになったまま一点から離れない。リーフもそちらに向くと、先ほど意志の欠片もなかったpiello達がふらふらと青い光に歩き向かっていた。恍惚とした表情で、あるいは喜びに満ちた表情で。何かを呟きながら向かう者もいる。
 心ごと捕らわれたような彼らの視線の先には彼らの相棒だったであろうウサギの姿があった。
 いやウサギの姿をしていた人間というべきか。
 ウサギの姿のままの者もいる。完全な人間もいる。透けて視えるような者もいた。
 人間は皆一人の人間を模っていた。

「・・・あれは」
「あれが彼だ。名前をシオンという。この馬鹿げたシステムを作り上げた者だ」

 彼の格好や様子はウサギによって違う。しかしどれも彼の姿を模り異様な風景だった。

「パパス・・・!」

 その喜ぶ声に我に返り、リーフはエレナの姿を探す。いつのまにか彼女とはぐれていたので沢山のpielloに紛れて見つけることができない。

「エレナ!エレナ!!」
「パパス・・・。リーフ、やっとパパスの気配を感じることができたの・・・」

 声は届いているらしい。彼女の嬉しそうな声に悪寒が走る。
 青い光に向かう前に彼女を止めなければいけない。
 心が急いていると後ろからルイスに引き止められる。

「いいのか?お前はその選択で」

 彼は責めてはいない。真っ直ぐ確認している。ルイスはこのまま自分のウサギと会うのだろう。
 しかしリーフはエレナを止める必要があった。彼女を放っておくことはできなかった。

「かまわない。・・・」
「そうか」

 さらりと揃えた髪が揺れ、彼は凛とした表情で前を見据える。
 その姿を見て彼が如何に意志の強い人間だったかを知る。掴み所無く側で佇む彼は自分で決めたことから逃げない、誇り高き者だと。

「さぁ。お行き。大事な物を違えるのではないよ」
 
顔や雰囲気に似合わない優しく疲れた声に背を押され、リーフは人の中を掻き分けてエレナを探しにいった。



「エレナ!エレナ・・・!!!」

 呼びながら駆けると、目の前に青い光のすぐ近くまで来ているエレナの姿があった。

「パパス・・・こちらにいらっしゃい。・・・・ずっと一人にしたけどもう大丈夫」
「エレナ、そっちは駄目だ」

 彼女は魅入られたように青い光に浮かぶ自分のウサギを見つめている。リーフの声は届いていないようだった。それに舌打ちし、その側まで向かう。
 物凄い力だった。気を抜くと青い光に囚われそうな程の精神の引き付けに抗い、彼女の身体を抱え込む。
 そしてずるずると彼女の身体を青い光から引き離すように連れて行く。

「やめて・・・・!!!私をもうパパスと引き離さないで!!!」
「それ以上は駄目だ・・・エレナ!正気に戻って!」
「パパス!!」

 彼女の悲痛な叫びに、このまま手を離した方が彼女の為なのではないかと思う。
 ずっと彼のウサギと共にあの中に向かったほうが。
 そう考えて首を振る。

(あの中に入ってもエレナはパパスと一緒にいられない・・・!!!エレナだけが壊される)

 絶望の世界に彼女を今のリーフに叩き込むことはできなかった。いつでも誰かを心配していたエレナ。例え人形であってもあれ程ロイを心配し、リーフの元へ駆けつけてくれた。
 本当はリーフこそが彼女の想いに一度でも答えるべきだったのだ。
 何も言えなかった。何とも思っていなかったことにウサギのいなくなった事で蘇った自分の心が痛む。

「エレナ!聞いて!・・・あそこまで行ってもパパスは君の元に返ってこない!あそこにいるのはもうパパスじゃない!!」
「じゃあ何処にいるの!!!??私にパパスを返して・・・!!!私の護れなかった弟を返して・・・・・」

 その言葉に愕然として腕の中のエレナを見つめる。
 pielloはウサギの中に自分の失くした物を視るという。だからこそあれ程に惹かれ、共に在るのだと。

「エレナ。君は・・・・!!」
「あの子が向こうで私を待ってる・・・!!!死ねなかった私を待ってるのに・・・!!!」

 何処かから彼女の名を呼び続ける声がリーフにも聞こえてくる。はっと正面に視線を向けると切なそうな表情をした男と無表情のウサギがこちらを見ていた。
 彼女の名を呼びながら言葉が聞こえる。

〈エレナ、エレナ、一緒ニ・・・・〉
〈寂シカッタ・・・今度ハズット・・・・〉
〈離レテ行カナイデホシイ・・・〉
作品名:laughingstockーerenaー 作家名:三月いち