laughingstockーroi2-
シオンが手を振う。途端、飛んだのはロイの手首だった。
コードがぶちりぶちりと千切れて落ちる。茫然と、ロイはシオンを見つめる。
「俺は・・・必要ありませんか?貴方の役には、立てませんか・・・」
「ああ。とんだ役立たずだ。結局、リーフ、お前だけだったか」
引き摺られるように後ろ髪を引っ張られ、胸に顔を押し付けられる。途端に沈みだす身体の半身に必死で顔を背ける。
奪われる感覚は麻痺を身体にも思考にも迎える。
茫然自失となっているロイに無事な腕を伸ばす。届かない届かない。
「ロイ!!」
反応を見せない彼を呼ぶ。
「ロイ!!このままでいいのか!?本当に・・・こんな終わり方でいいのか・・・!?
僕らの父に従い続けることで何も彼は返しはしないのに・・・!君を認めはしないのに!!」
何度か呼ぶうちに本当に、何故呼んでいるのか分からなくなってくる。ロイが誰かもよくわからない。
頭に霞がかかったように動かない思考に、引き寄せられる腕に抵抗を失っていく。
眠ってはいけない。眠ってはいけない。
それだけは、だめだ。
ロイは動けなかった。自分と同じ境遇にありながら、父に逆らい続けるリーフの言葉を聴きながら、動くことができなかった。
何故、何故選んでくれないのですか。父よ。
俺が欠陥品だからですか。貴方の願いを叶えられないからですか。
分からない。
自分を呼ぶ声も聞こえなくなった。俺はどうやって動けばいい?
このままで本当にいいのか。
父の願いも叶えられない俺は、このままで。
「こんな終わり方は・・・・」
そう思うと、手首を切られた逆の腕が意志に従うように動いてリーフの半身ごと父を切り裂いた。
離れていくリーフを引き寄せる。
「ロイ・・・?」
父の不思議な声に、切られた身体を見下ろして首を傾げる彼の姿にロイは呆然とする。彼は不死身なのだろうか。
リーフを抱くその姿に父の表情は歪む。
「お前はいつもそうだ。私を見ずに他の者を見続ける。お前を魅せるのは誰だ!?
リーフか?エレナか?キアラか?皆私が消してしまったがな!」
これが父のわけがない。父はこんな人間ではなかったはずだ。尊大で誰より威厳に溢れている方だったはずだ。
これでは、自分の見下していた「ウサギ」そのものではないのか。
「お前は何者だ」
「気を違えたか!私は何を教えてきて此処まで来させたのか・・・・私に向かって来させたか・・・お前は何も知らないと言い張るつもりなのか!!
・・・だからお前は無能なのだ!私の考えにも気付かない!!」
途端、世界は変貌を見せる。
ぐにゃりと歪み、まるでその世界ごと消滅してしまいそうな様子が見られる。父たちの何人かはそれを落ち着いて見ており、何人かは怒声を上げたり逃げようとしているようだった。
これは今回の統合が終わっただけ。何かが変わったわけではなかった。
変わったとしたらロイの気持ちが離れただけだった。
ウサギを愛する者がいる中で、これがお前の父だと言われてもロイにはどうすることもできなかった。他人を排除するウサギ。自分だけを見ていてほしいと願う彼のウサギを。
「ロ…イ・・・?」
腕の中、小さくしてしまったリーフが目を開く。しかし身体のバランスがとれないらしく、腕の中でもがかずにロイを見つめている。
ロイは笑おうとして、できずにくしゃりと顔を歪める。
リーフを切ってしまった。それでも彼の表情に苦悶はない。痛みを感じられないのは同じなのだと改めて知る。
世界で二人だけの同族。これから増えるだろう人形。
彼を腕に支えながら言葉を紡いだ。
「・・・リーフ、俺は変わることを選べなかった・・・。ああいう父を振り切ることが今でもまだ、できない・・・。
お前がいなくなって、彼は一人だ」
「そうだね。・・・でも、君はあのままが良かったと思わなかったんじゃないのか。
だからこうやって僕を抱いてる」
「そうかもしれない。だが不便だ・・・。俺達は悲しいと感じても嬉しいと思っても涙を流すことができない」
ロイ、ロイ、と腕の中のリーフが声を掛けてくる。
今、自分たちを包む世界は闇に堕ちようとしているのに、引きちぎれるような想いをしながらも、リーフが常のまますぎて思わず噴き出す。
「何があろうと変わらないのがお前なのか」
「違うよ。僕だって未練はあるさ。でも、これを僕が選べたならいいかって思えただけだよ・・・」
「すまないな。俺が一緒で」
ロイの謙虚な言葉にリーフもふっと口元だけで微笑む。
視線は?がれていく世界を見つめている。
それをロイも見上げた。
これから、自分たちは父の中へ還るのだろう。ガラクタ置き場の一つとして転がってしまうのだろう。だが、後悔はない。
今は何も知ることはできない。教えてくれただろう人は一足早く人形に戻ってしまった。
人形は大人しく人形の傍で眠ることが幸せと言い聞かすように呟いた・・・。
作品名:laughingstockーroi2- 作家名:三月いち