laughingstock8-3
pielloと触れ合った者しか分からない違和感というのはあるだろう。向こうの世界の力の作用に少しだけ敏感になる。日常が無理矢理作られた日常となった時、シェロのようにはっきり感じるらしい。
シェロは黙って起きて動けるようになったらしいリーフをベッドから起こすのに手を貸す。
「リーフ、ウサギがいないけどもしかして一緒に外へ出る?」
「うん。今は飛べないんだ」
自分の着替えは終わらせていたため、予備のローブをカモフラージュに彼に被せる。目元も深く被り色一つ見せないように。リーフはそのシェロの腕を掴む。驚いて覗き込むと真っ赤な瞳が困惑に揺らいでいた。
「シェロ」
「うん?」
「僕は、君は生きて他の人を救っていくものだと思ってた。ずっと神のいる下で変わらずに」
「うん」
「違うんだ。・・・君は最初から此処に忠誠を誓うものじゃなかった」
「そうだね・・・僕の考え方は異端者なんだよ。リーフ」
優しく言い聞かすように彼の何処か子どものように必死な様子に語りかける。
(僕は君が思うような人間じゃない)
醜く、君の嫌悪するだろう人間と同じ。世界を知ってほんの少し知識のある汚い人間なのだと。綺麗に隠してきただけなのだと。
「僕は僕自身を助けたかった。それが真実だよ。そしてこれからもそうだ。神を頼りに自分を救って自己満足に浸っていくんだよ」
「それは誰だって一緒だろう?君だけじゃない。僕は何事も恐れない人たちを沢山見てきたし、そういう人たちに力を貸してきた。想いが純粋な程僕の中に残る。
僕は多分今君に感謝している・・・と思う」
「感謝?」
「僕を友と呼び、ここまで縁が続いたのは君だったからだ。誰であろうと恐れず触れるから、僕はウサギだけを見ているだけではいけないと気付いた。
周囲の音が入ってきはじめて世界と断絶していた事に、自分は違う者であることに疑問を持つべきだと知った」
リーフの世界はシェロの想像するものより最も小さなものだったのだ。必要なものだけが揃い、それこそ機械的な世界。興味が持てない、人の感情に添えないと嘆いた彼は今はほんの少し他人の心に機敏になっているのかもしれなかった。
シェロの言葉を聞いて考えていたのだろう。彼の言葉は素の彼の言葉だとシェロにも伝わる。
「君が君を恥じようと僕が変わったのは君のおかげだ」
真っ直ぐ伝えてくる彼の言葉にシェロは眼を伏せて、そっと着せていたローブを掴み頭を垂れた。
「・・・ありがとう」
彼がシェロの礼の意味を分かるかは分からない。それでもシェロは言わなくてはいけなかった。誰もが虚像の自分に理想を抱いていた。最初に偽ったのはシェロだった。
続けることを選び、崩壊を選んだのもシェロだった。
(最も汚い人間だったのは僕なのに)
それでも彼はシェロを認める。彼の見ていない場所で何人もの人々が死んでいくのを教会の中で見ていただけしかできなかったシェロに、救うといいながら誰一人救うこともできなかったというのに。
「これで、巡礼に出る事ができる。もう、何もないよ」
眼鏡の奥を拭うとリーフのローブを着せることに専念する。その表情は多分、晴れやかだったようにシェロは思う。
シェロが道の別れを告げたのは街を出てすぐだった。
リーフには何も言う事はできなかった。
一時的に現世を棄て、殉教者ないし聖人、あるいは聖遺物を崇拝し過去の生と将来の祝福を示さんとした。彼らはしばしば裸足で旅をし、一般的に病の治癒、贖罪などのために神のとりなしを願って巡礼に出た。この頃巡礼から帰るものは誰一人といなかった。
「名も無きウサギ・・・後で行くといったのに」
いつのまにか姿を現していた自分のウサギを見つけ、近付くと彼の戸惑いとほんの少しの怒りの感情が流れ込んでくる。
「・・・怒っても駄目だよ。お前がいくらシェロを気に入ってたとしても僕らは何にもできないんだから」
けれど珍しく名も無きウサギは憤慨しているようだった。
このままで良い訳がないとずっと脳内で響いている。
「・・・僕にシェロと話をもう一度してこいっていうのかい」
ウサギは頷く。
「・・・」
a.「シェロを追いかける」
b.「ルイスの件が終わってから」
続く。
作品名:laughingstock8-3 作家名:三月いち