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laughingstock8-3

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8章3


 執務室の写本はそのままに4人部屋の寝床としていた場所の片付けをしていると、一枚の書き掛けの絵が出てきた。それを見てシェロは顔を綻ばせた。
ここに来てすぐ、親代わりの司教と共に絵を描きたいと頼まれて画家が描いていたものだ。
 しかしそれは自分の存在が残る事を恐れたシェロが持っていって隠してしまった。司教は何も言わなかった。シェロの心境を思ってか咎めることもしなかった。

「僕は貴方に迷惑を掛けたくはなかっただけなんです。貴方に恥をかかせたくなかった、貴方の思想を貫きたかっただけでこんな所まで来てしまった」
 
自分のためではない心は何処か弱い。
 自分のしたかった事はこんな事ではなかったけれど、色々なものが邪魔して抜け出すことはできなかった。だから、絵をびりびりに引き裂いて原型が分からないほどにしてシェロは初めて安心したようにそれを捨てた。
 瞬間、馴染みのあるようになった「歪み」を感じた。シェロが慌てて振り向くと頭から床へ落ちて来るリーフの姿だった。

「!!リーフ!」

 とりあえず腕を伸ばせるだけ伸ばして彼を受け止めようとする。しかし運動音痴や生来の鈍さからか彼の体重を受け止めきれず、一緒に床に倒れこむことになった。

(片付け・・・終わらせておいてよかった・・・)

 周囲に物があるとこれくらいの痛みでは二人ともすまなかった。

「・・・っと。リーフ、大丈夫かい?」

 彼は倒れたまま動かない。打ち所が悪かったのだろうかと血の気が引くが、意識はあるようだった。薄らと眼を開いてシェロを映す。しかしその額には大粒の汗が浮いている。
 両腕足はぴくりとも動かず、かろうじて首を動かしてこちらを向く。

「・・・無事・・・とは言わないけど、辿り着けたみたいだ」
「リーフ?」

 彼が動ける状態ではないことに気付き、とりあえずシェロのベッドに寝かす。顰められた表情と荒い息が彼の体調を表している。

「・・・何があったんだい?pielloの君がこれほどまでになるなんて。誰かに何かされたとか・・・」
「違うよ。身体のメンテナンスが終わってないだけ。だから・・・仕方ないことなんだ。そんな暇もないからね」
「・・・そんな身体を押してまで、僕に逢いにきた理由を聞いてもいいかい?」
「君、その一人称だっけ?まぁいいか。用事は写本じゃないからさ。ただ、僕も覚悟を決めたから此処へ来る事はできなくなったって事を伝えにきたんだ」
「奇遇だね。僕もだよ」
「何で?写本書写修道士長様が?」
 
怪訝な表情を見せる彼にもうまとめ終わっている荷物の袋を眼で示す。

「此処にはもういられないんだ。旅に出ようと思ってる」
「旅?」

 聴き慣れない単語を聴いたようにオウム返しする彼に、今の衣装ではない飾り気のないローブを引っ張り出して見せた。

「これを着て、各地の聖遺物を崇めたり自分に抑制をかけて生きていくことだよ。そうして神に免罪符を頂くって感じかな。貧しい人を助けたりはできないかもしれないけど教えを伝えることはできる」
「・・・結局、シェロはどうなる?」
「帰る場所なんてないから、何処かで死ぬよ。それが僕の選んだ道だ。だから君はそんなに心配しなくても良いよ」

 彼の表情は強張り、怒っているようにも見える。そして吐き捨てるように呟く。

「・・・人間は愚かだ。そうして見えもしない者の為に命を懸ける。君だって、最後の審判が貴族達が考えた都合の良い思想とわかっていながらその為に命乞いに出て行くんだろう?」
「違うよ。リーフ。僕は、来世なんてどうでもいいんだ。ただ神を信じているだけ。
 僕は全ての人が平等であれば良いとずっと思っていた。その為にこの制度は働かない。けれど、人々が来世幸せになれるなら甘んじて貧しくても生きていこうという意志があるなら別にあってもいいんだ。・・・残念ながら今はそういう風には動かない。
 僕が上皇に伝え続けたことは彼らにとって利益になる事ではなかったけれど、こうなることに対する警告だった。・・・分かる?リーフ、僕はもう此処にいる理由がなくなったんだよ。
 人々の見捨てた教会に神は宿らない。・・・此処にいても僕の祈りは伝わらない。
 僕のような子が飢えて死ぬ事もなくならない。」
「シェロ・・・」
 
家族が死んで、死を覚悟したことが彼らにはあるだろうか。食べる物がなくなって、神しか頼ることのできなくなった子どもを救うように現れた労司教に、子どもが奇跡を信じたことも。
 生き方が変わった農民の子どもが人々に指図して、貴族や司教たちと真っ当に対談していたなどと想像がつくのだろうか。

「・・・リーフ、ありがとう。何度も危険な所を救ってもらった。そして僕の知らない世界を教えてくれた。感謝している。君のような友人を持てた事も僕は嬉しかった。
 でも巡礼の旅に出るならこれでお別れだ」
 
彼に甘え続けることはシェロ自身が許さない。彼の負担として生きる事は最も侮辱すべきことだ。シェロは眼を見開いて何も言わない彼の右目の文様に初めて触れる。
 嫌がらなかったから本当に少しだけ。

「その文様、君のお守りみたいだ。これからも君に幸あらん事を僕は祈るよ」
 
これで全て終わらせるつもりだった。触れていた指を離して荷物を取りにベッドから離れる。その時、部屋をノックする音が響いた。

「私だ。ディーだ」

 シェロは急いでリーフの上に布団を被せ、奇抜な衣装と髪が見えないようにする。そして衣服を半分だけ脱いで、ローブを手に取った。

「すみません・・・着替え中ですけど」
「かまわない。すぐ済む」

 礼儀を重んじる彼が相手の了承を得る前に部屋へ入ってくる。半分脱いだままだった服を着ようとすると続けていいと言われたため、仕方なくローブ姿に着替える。彼にpielloの存在がばれるのだけは避けたい。ただ一つ気になっている事はあった。

「・・・最近ずっとアレスの姿を見ていないが、学校に戻ったのだろうか?知らないか」
「・・・戻ったと聞きましたよ?ディー様、お遭いになられなかったのですか・・・?」
「ああ。珍しい。あれが挨拶もなしに行くとは・・・。すまん、旅支度をしている途中に入ってきて」
「いえ」
「・・・・では、な」

 ディーは端的にそれを伝えてさっさと出て行く。彼は常にそうだ。シェロや周囲の者の答えしか判断するものがない以上彼はそれ以上を知る事はない。規律を破らない限り彼を知ることはない。かつてのシェロのように。

「・・・あの男、pielloと縁が切れていない」

 リーフが布団から顔を出して扉に意識を向けているようだった。

「縁?」
「あいつがpielloと契約したか、あいつの言う者がpielloと関わりがあったんだろう。それが近い者であるほどpielloを呼ぶ事は多くなる。・・・今までの傾向的に」
「アレス様は・・・いないよ。半年前にいなくなったんだ。周囲の誰に聞いてもさっきの僕と同じ答えしか返らない。違和感がないんだ。
 でも、その違和感に僕は覚えがあるんだ。僕が君の力を借りたときも似たような現象が起こった」
「知らされないのは当たり前だけどね・・・」
作品名:laughingstock8-3 作家名:三月いち