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laughingstock8-2

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8章2


 リーフが名も無きウサギの腕に掴まって飛んだ場所は一度来たことのある場所だった。明らかな変わりようにリーフは呆然とする。
リーフは2つの世界を行き来するため、時間の流れを把握することはできない。依頼に行く前はチェレッタによく聞いてから行くのだが、彼の姿はいつもの場所にいなかった。情報収集に行っているのだろうと思い、そのまま相棒と共に出てきたはいいのだが。

「・・・何か栄えた?」

 人々が慌しく通りを歩くのは当然だとしても、出店を出して歩く人々の足を止めようと彼らを呼び込んでいる。しかし彼らの中に修道士は一人もいなかった。時間帯の問題だろうかと思いながらウサギと共に浮かび上がる。
 向かう先は先刻連れて行かれたベナ伯爵の屋敷だった。
 ここに来る前に降り立った街では彼や修道士が消えたと噂が広まっていた。また、pielloの死体が人々の前に晒され、ウサギが原型が分からないほど壊されていたのだという。リーフ達はそれを収集家の仕業かと思っていたが、妙な噂で持ちきりだった。
 それこそpielloばかり狙う輩がいるということだった。滅多な事では見つけることすらできないpielloをわざわざ探し出し、人間には見向きもせずpielloを殺すらしい。その死体は何者かが持っていったり、そのまま消え失せるらしくはっきりとした証拠は残っていないようだった。
 結局リーフ達はベナ伯爵の館を訪れることにしたのだが、下町には修道士だけではない、巡回する騎士の姿も見る事は無かった。
 彼の屋敷の前に向かうと、近くに住んでいるらしい子どもが呼び止めてきた。

「貴族様、あの屋敷に向かうの?」
「うん」

 今のリーフの服装は漆黒の通常の衣装ではない。白で染めた装飾を纏ったシルクハットを被る貴族のように見えたのだろう。子どもは不思議そうに首を傾げた。

「あそこには魔女しかいないよ?」
「魔女?」
「半年前くらいから騎士の人たちが皆出て行ったんだよ。でもね、住んでいる気配はあるんだって。人影を見たって人いるもん。
 今まで出てこないから、何か憑いたんじゃないかって私は思ってるの。だから、魔女」

 半年前がいつかはリーフには分からない。しかしリーフが囚われた時間と近いと考えても良いだろう。騎士が皆出て行ったというのがひっかかった。

「魔女はどこから思いついたんだい?」
「内緒よ?私見たの。窓に映ったのを見て、女の人だった。でも不思議な人だった。だから魔女よ」
 
あそこというように子どもは窓を指差す。今は誰の影も無い。
 リーフは礼を言って館の扉を押して開く。
 鍵は掛かっていなかった。


 奥へ進んでいく。懐かしい屋敷の造りだが人の気配一つ無い。廊下の端には埃が溜まっている。此処が使われていない証拠だった。
 ベナ伯爵の別宅だった屋敷だった。ならば彼は自分の館に帰ったと考えるべきだろうか。
 此処の管理者に任せもせずにだろうか。
 かつてpielloと彼がいた扉のある廊下に近付く。左手の扉にはあの不思議な力は感じられない。
 かつて多くの同僚が捕まっていた部屋は蛻の空だった。彼らは何処に行ったのだろう。あの状態で逃げ出したとは考えられなかった。
 扉を閉めて、奥に向かうと気配を感じる。
 リーフが開け放つと、主の部屋であったのだろうキングサイズの寝台が置かれた人一人には勿体無いほどの広さ、贅沢な装飾に囲まれた部屋に出た。
 その窓際の椅子に座り、目を閉じている人形のような美貌を持つ不思議な中性的なpielloの姿があった。

「ルイス・・・」

 声を掛けると緩やかに目を開き、椅子から立ち上がって一定の距離を保ってリーフの前で立ちどまる。

「久しいな。リーフ」
 
凛としている彼はにこりと微笑む。まるで此処の主のような振る舞いだった。

「ベナ伯爵はどうしたんだ?此処は彼の別宅だろう」
「貰ったのだ。契約の代償に」
「代償?」

 リーフも相当気に入らない相手から代償という形で何かを奪うことはある。pielloは元々慈善仕事だ。代償を受け取るよう強制するものは確かにいるといえばいるが、ルイスがとはあまり思いつかなかった。

「我は人の世界でpielloを個人的に行う者。代償は取らない。しかし二つの願いを叶えるように言ってきたのでな。もう一つは少々骨が折れた。
 ベナが我にその褒美として位とこの館をくれた。それだけだ。そんな事を訊きにお前は来たのか?
 目的があるのだろう」
「そうだな。・・・ルイス、僕は僕の邪魔をするのは誰であろうと気に入らない性格なんだ」

 一度だけではなく二度までも姿を現し、リーフを翻弄してくれた。しかしまったく目的だけが見えなかった。願いを叶えるだけで動いているようにはリーフにはなぜか思えなかった。それなら今まで数回くらいは出会っている筈と考える。世界広といえどpielloの利用を思いつく者は限られているとリーフは思う。

「君の邪魔をする気はない。我の目的で動いているが、それがお前の行動の妨げとなっただけだろう」
「僕は自分のウサギを解放したいだけだ」
「我も同じだ。同じ感情ではなさそうだが」

 微笑し、今まで見た中で一度も手放さない傘を開いてくるりと回して見せた。ルイスの細い身体がようやく入るほどの小さな傘。実用的とは到底思えない日傘を彼は器用に操る。普通の傘には有り得ない傘の先の切っ先にこれが彼の商売道具だと知る。

「何がしたい?」

 問うと小首を傾げてにこりと笑う。

「・・・我はお前も見た。結局我もpielloだと認識せざるを得なかった。お前の苦悶する姿を見て確信した。
 我のウサギに手を焼いた者達が我を放っておくわけがなかったことも忘れていたわけではなかった。全て片付けにいく。そのためにお前のウサギにコンタクトを取った。
 それまでの居住地だったな。此処は」

 ルイスと名も無きウサギに繋がれたものは無い筈だった。どうして名も無きウサギと彼が繋がったのか。
 リーフが問う前にルイスとの間に名も無きウサギと同じ巨躯のウサギが姿を現す。最も禍々しく、毛を血に染めた両耳、両目を包帯で塞がれたウサギ。
 その首には鍵ではなく時計が掛けられていた。

「・・・危ない橋ではあったがな。これを通してでないと我はお前のウサギを呼べなかった。先にこれが此処へ辿り着いていたら話は無駄になっていた」
 
リーフは一歩退き、そのウサギを見る。血生臭いウサギは返り血を纏ったままルイスに近付く。明らかな殺意を抱いているウサギはそのままルイスの首に手を掛けようとする。

「・・・お前に言った筈だ」

 触れる瞬間にルイスはその美貌を歪め、傘でその手を叩き落す。そのまま傘の先をウサギに突きつけた。

「その汚い手で我に触れるな。万人たりとも我に悪意持つ者触れる事を許さない。と」

 ウサギはゆるりとその手を下げてポケットから一丁の刃物を取り出す。真っ直ぐにそれをルイスに振り下ろす。ルイスには訊きたい事がある。負けるとは思えなかったが万が一を考えてリーフは舌打ちする。

「・・・鬱陶しいな!」
作品名:laughingstock8-2 作家名:三月いち