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laughingstock8-1

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 彼らは一人でも逃しはしないだろうがそれでも足掻いてほしい。かつて逃げおおせた者は5本の指に足りるほどしかいないが、それでも望みを掛けて。

「・・・手始めに南に行くといいぜ。何人かはいる。オレの依頼を持っていったからな」
「それを聞けて安心した。手酷い真似はしたくなかった」

 そういうとロイは瞬間的に消えて空間に飲まれた
 残されたチェレッタは急ぐように背後の扉を開き身体を滑り込ませる。
 あの世界にいることはもうできない。始まってしまっているのだから。
 ロイには言わなかった事がある。キアラにもリーフにも言えなかった事がある。

(言うべきじゃなかった・・今はどうせ無駄だったしな。キアラなら気付くだろう。リーフなら・・・あいつのことだから引き合わされるだろう)
 
リーフがルイスと接触していることを知るのは上くらいだろう。タイミングよく「逃げ出した」仲間殺しのウサギ。
 そして最も危険なのはエレナだった。彼女の事を思うと側にいてやるべきだとは思う。それは彼女のウサギであるべきだった。彼女はその思いと逆にウサギを否定している。
 悪循環が引き起こした結果とも言えるだろう。
 そんな彼女を引き上げるのか、崩れるのかは神のみぞ知るだった。
 キアラやリーフは自分の力でなんとかするだろう。状況さえ飲み込めば。ロイも馬鹿じゃない事を考えると難しい。それは多数のpiello達に対してもそれはいえる。彼らがロイに警戒心を持てるかというと確信はないからだ。
 完璧な組織の狗から逃げおおせることはそれこそ過去のpielloでないとできないかもしれないが、全ての始まりからは逃げ出せるかもしれない。
 世界がめまぐるしく変わった後、放り出されたのは青い空の続く世界だった。この世界がチェレッタの次の世界。
 もうチェレッタにできることは沈黙を護るそれだけしかないのだ。


 軽くノックをすると許諾の声が聞こえる。
 自分の主の側へ礼もせずに近付く。ふわりとした衣装に身を包みながら立つ者は異様な雰囲気を纏う。人の形をしているのに人ではない。
 自分と深く関わったpielloに近いようで何処か自分達に近い気がする。だからだろうか憎しみよりも興味を覚えた。
 ロイの主は今や位を持った人間ではない。
 残虐な英雄の元へ朝向かうと彼の姿は無かった。その代わり、pielloが一人佇んでいた。そしてその紅い唇を吊り上げてこういったのだ。

『此処は我の館となり、お前達は我の物となった。意に沿わない者は出て行け。口を開きそうな者は連れて来い』
 
そう言い放ったpielloに歯向かう事無く従ったのは。

『お前は逃げないのか』

 そう言ったpielloに肯定したのは。

『・・・お前の故郷はもうない。けれどその場所に行くことはできる。そう言っても帰らないのか』

 心砕かれるような言葉を囁かれても。
 何故、彼の側を離れなかったのか。レイナスの中で答えは出ていなかった。あれから一人この部屋に佇む主を見てしまったからだろうか。何を考えているのか読めない表情でその場に在り続ける彼が半身をもがれた者のようだった。
 そう思ったのは自分も同じだったからか。レイナスの半身といえるべき相手はもう居ないのだと。

「お前が『手放した』のだ。きっと」

 彼は悲しそうにこちらを見つめている。乱暴に顔を拭っても抉れた心は埋まらない。否定したくても彼は聞いてくれはしない。

「可哀相な人間。選択できなかった人間。いや、させてもらえなかった人間か。
 
我はそんな自分が厭だった。ならば、選択させる側になれば良い」

「なんの・・・事だ」
「それこそが、間違いだったのにな。青年、お前は逃げるなよ。自由に側に居ても良いが我の二の舞になどなるな」

 こちらの話を聞く事無く続けられる言葉。それは彼らがまるでレイナス達と同じ人間であったような言い様だった。柔らかく包み込むように言い聞かすpielloは疲れた道化師のように見える。同時に深い決意に彩られているように見える。彼女の男性とも女性とも取れる変わらない姿そのものの彼は窓の縁に触れる。目の前にかつての残像が見えているように。

「若造。我らpielloは逃げた先に他人の願いを叶える存在になったが、最も叶えたいのは自分の願いであったと気付く。
 そう気付いても、逃げられなくなるのだな・・・。芯の髄まで沁み込むのだ。我は道化師。
 逃げたことにより最も愚かな仕事を課せられている者達だと」
 
彼の呟きの理解をすることはできなかった。しかし彼の懺悔を聞いた上でレイナスは思う。

「俺は・・・どうやったらあんた達と一緒の者になれる?もう未練なんて感じちゃいない。ユージンが選んだ街をそこに住む人間達の事を忘れたい。
 戦場ではない死など無粋だ。自殺など最も誇りを汚すものだ。神は許さない。ならば・・・」
「あの世界に神はいない。お前達を神はもう見はしないぞ?」
「構わない。どの世界にもあいつがもういないのならば、あいつのいない世界で生きていく」
「・・・馬鹿が」
 
ルイスはそう呟き、項垂れた。

続く。
作品名:laughingstock8-1 作家名:三月いち