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laughingstock8-1

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8章1


 僕というものごと沈んでは浮かぶ。
 まどろみ浮き上がる感覚に意識が混濁する。その中で僕は必死で手を伸ばしていた。 
 光背負う影に。
 そこまで届けばもっとはっきりと形となるものが見えるはずだった。

「名も無きウサギ」
 
声が出た。その事に酷く安心して僕はようやく眼を開く。彼の腕に抱かれて僕の身体はくたりとして動かないことは起きる前から変わらない。これは僕の螺子の巻き終る前に身体に負荷がかかりすぎた所為だった。もうどのくらいあの柩の中に戻っていないのか忘れていた。
 僕が動こうとするから名も無きウサギは螺子だけ巻いてくれていた。僕の身体が完全に動かなくなったら彼に連れて帰ってもらうつもりだった。
 彼の心配げな思考が流れ込んでくる。それに首を縦にはふれなかった。

「まだ・・・眠る訳には行かないんだ」

 今眠ったら僕は次いつ起きるか分からない。何もかも終わってから起きるかもしれない。そうではないかもしれない。
 厭なんだ。全てを見ないまま終わってしまう事を僕は多分恐れ焦っている。
 このまま彼の側にいることでその想いごと奪われてしまうことにも。
 けれど僕はやはりおかしい。今までは考え得なかったのかどうなのかも分からないが離れる気にはなれないのだ。
 彼の意識を逸らすように力のあまり入らない腕を上げて話しかけた。

「お前がいない間考えたよ。そして色々知った。僕はそれでもお前から逃げる気にはなれなかった」

彼の酷い動揺、恐れ、恐怖など一気に襲ってきて僕は思わず痛み始めた頭に顔を顰めた。
 混乱しかかっている証拠だった。
 だから強く言い聞かす。

「お前が隠してきている事は多分分かってる。今の僕にとっては悪影響だという事。それをお前が・・・意図的にやってるとはなぜか僕は思えないんだ。
 自分でも、可笑しい事に。
 お前のことだからこれから僕から離れるようにするだろう。いつものように僕の意志を尊重して」

 もう一方の手で塞がっていない彼の腹部に触れる。キアラが来たとき僕の身体で見えなかったのだろう切り裂いた創は大きく裂けていた。
 中から零れる真っ白い綿の感触は嫌いだった。この大きいけれど小さい心を持つウサギの部分が零れているようで以前から厭だった。

「自傷するくらいなら側にいればいい。何もしなくていい。影のように側に居てついてこればいい」
 
彼の困惑した思考が流れ込んできても僕は頑として頷かなかった。

「僕がお前に支配されるものか。僕が分かった上でお前がどうこうできるのか、そうじゃないのか、まぁそう言う話だろ?
 これ程勝算に傾いた事はない。
 だから、最後まで見届けてほしい。動かなくなる瞬間まで。
 僕は今初めて仕事以外で動こうとしているんだ。まるで、人間の様に見えないか?」

 そういうとウサギの妙に喜ぶ意識にリーフが逆に困惑する。
 しかし僕はこれから演技を始めるのだから観客は必要だ。
 それを始める前に向こうへ行かなければいけない。
 僕が舞台上に上がることはもう無いだろう。散々好き勝手やってきたけれどpielloは主役になってはいけないものだ。しかし今は僕は僕自身の為に動く。

「僕の願い叶えにいく」

 そういってふわりとした彼の頬の表面を撫でて離すと一人で立ち上がった。
 僕の願いは二つ。
 何百年も人の願いを叶えてきたんだ。人より一つくらい欲張ってもいいよね。


 自身の情報網によりキアラが依頼を終わらせた事を知って、チェレッタは周囲に散らばっていた依頼書と情報の紙を片付けに入る。浮かぶのは此処でチェレッタを贔屓してくれていたpiello達だった。橇の合わない者もいた。偽善だと罵る者もいた。逆によく依頼を請けてくれた者もいた。人の良いpielloはチェレッタに話を聞かせてくれたりと色々してくれたものだ。
 彼らに何も言わずに此処を去るのは辛いが、伝えて彼らが異変に気付く姿も見たくなかった。
 チェレッタは狭間の存在だ。時代の合間に流れて沢山の人間達と出会ってきた。これからもそうやって生きていきたいと思っている。

「ごめんな。お前らと一蓮托生になってやれなくてよ」

 ここでチェレッタは旅を終わらせるわけには行かない。遙か先の未来を見届けたいと思うことを今だけの感情で終わらせる事はチェレッタにはできないと思った。
 長く留まったこの城にはまたいつか来ることになるだろう。
 それまでチェレッタは生まれ育った故郷へ還る。
 荷物を袋に詰めて肩に掛けると、今まで自分の商いをしていた一角の背後の壁に歩み近寄る。誰から見ても普通の壁だが、チェレッタに許された扉がある。鍵は必要なかった。チェレッタの一族の者に許された扉だと聞いた。
 名残惜しげに振り向き、誰もいないpiello達がギルドと呼んだ大広間を見回す。

「統合と再生はもうすぐだ」

 その声にチェレッタは目を見開く。
 今の時間帯にいるわけがない。この時間にこの部屋に続く扉が開くわけがないのだ。なのに彼が此処にいる。

「ロイ、お前なんで・・・」

 鷹を持つウサギの姿は無い。彼一人が広間の端に出現していた。いつものように感情の読めない表情で伏し目がちに、世話話をするように返してくる。

「緊急時だからな。上に許された」
「だってお前は・・・・おかしいだろ。そんな訳が」

 続きを言おうとして口を閉じる。此処で今話すわけにはいかなかった。しかし彼は事も無げに肩を竦めた。

「お前の情報網の話か?俺は最初から組織を裏切るつもりは無いという事は分かっていなかったか。俺はそのために造られた存在だからな。
 裏切ろうなど考える訳が無い」
 
ロイの事情をチェレッタは独自の情報網で手に入れていた。彼やリーフが造られた人形だという事は。彼らが何百年も人に関わり続けることで自分という自我を強く持ち,違和感に気付く事はあるだろうとチェレッタは睨んでいた。組織もそうだろう。
 ロイはこのシステムに気付いているのではないかと確信は無いが、考えていた。
 そうなって彼らは大人しく従っているのだろうかと。

「ロイ、「リーフはまだ気付いていない。俺は気付いた上で組織に従う。それだけだ」
 重なるように無人の部屋に彼の声が響く。ロイが嘘をついているようには見えなかった。ならばロイの信念と同様だった。

(やってらんねぇよな・・・)

 状況はチェレッタの思い通りには流れない。そういうものだ。だが、できたら彼らの味方が多い方が良かった。ロイのような知識と知能を持つ者が一人でも多く。それだけで選ぶ道は増えるはずだったのだ。今は上に忠誠を誓い許された者が入れる時間。チェレッタは彼らを助ける事はできない。
 けれど、黙っている事はできるのだ。

「ロイ、これからどうするんだ?」
「時間までに今回の回帰に選ばれた者を保護する」
 
保護など手緩い方法ではない。意味もわからず連れてこられるだろうpiello達を思い、チェレッタは目を伏せた。彼らと過ごした日々、それを考えると一人でも多くの者が助かるといい。
作品名:laughingstock8-1 作家名:三月いち