laughingstock6-2
自分達の使う力の本質にも似たものがこの部屋を包んでいる。
長い時間居ると身動きも難しくなりそうに重い空間。
実際彼らは動けないのだろう。倒れている者、壁に凭れ掛かった者など沢山のpielloがいるが一言も発しないし動かない。
(よくもここまで集めたものだ)
さっさと用を済ますに限る。さっと見回して膝を抱えるpielloを見つけてその前に屈みこむ。
「エレナ、女の子がそんな格好してていいの?」
ぴくっと反応して彼女は顔を上げる。そしてリーフの顔を認識して、首に抱きついてくる。
相当怖かったのかもしれない。彼女の体が震えていた。
「さ。外へ出るよ」
そのまま腰を支えて部屋を出る。他のpielloを助ける理由は無い。
動けず、自分より図体の大きい者を引きずり出すうちに自分が自滅する。それにエレナにはまだ利用価値がある。
「エレナ、此処で何があった?」
彼女は震えているだけで何も返さない。嘆息してそのまま彼女を抱いたまま歩き出す。
エレナが我に返ると、ウサギを呼ぶだろう。それはまだ避けたい。
それならば自分の用事を先に済ますだけだった。
ふと気になって開け放した扉の向こうを振り返る。彼らはリーフが出て行ったことも気にならないのだろうか。
扉を開いておけば、出て行く者は出て行くだろう。
開いた事に気付く者がいるかどうかはリーフには分からない。
エレナに肩を貸し、レイナスの言葉の通り、突き当たりに向かう。エレナがあの部屋から出た事で彼女のウサギが現れるのはもうすぐだろう。
その前に彼に会わなければいけなかった。
扉に行き着いた時、予想外にも扉は開け放たれていた。
「・・・?」
扉の影に身を隠して中を覗き見ると、そこにはベナ公爵とルイスの姿があった。
長椅子に座るベナ公爵と入り口に立つルイス。彼は公爵に近づく気はないようだった。
「願いは叶えたな」
「・・・ルイス、しかし君が居れば実験は進み、成功段階まで辿り着けた。もう少し滞在していってくれても・・・」
「我の知識を断片的に伝えただけだ。それにそうする事がお前の願いではない。
本当に悪趣味な事だ。
我らpielloを願いで呼び、監禁し、その力を研究して自分達のものにしようとするとは」
「これは崇高な目的だ!我らには神がいる。教会の崇める神ではない。私が見たのはそれを具現した神だ!
それがpielloだった!!それだけの事だ」
唾を飛ばして力説するのをルイスが届かないと分かっていても嫌そうに顔を背ける。
「・・・厄介な事だ。そんなに良かったか?我らpielloという異形の生き物が。
というよりリーフが、か」
自分の名前が出て、空いた手で自分の顔を覆う。
自分への執着がそれこそおかしいくらいだった事をそういえば忘れていた。
(あの人も諦めていないのか・・・)
リーフは彼に何もしていない。戦争から帰ってきた彼が願ったのはただ安息。
何もかも失くした彼の安息の為に一週間ほど側にいただけだった。
人になりすまして、彼と時間を共有した。
心の安息は自分では渡せないと何度も伝えた。彼はリーフでいいと言った。それが面白かったのかもしれない。
彼が魘されずに眠れるようになるまでただ同じ場所に住んでいた。
いざ戻る時に戻してもらえず、螺子が先に切れてウサギが迎えにきた苦い思い出でもある。
「そうだ・・・。私に安寧をくれた。神は戦争の最中いくら祈っても私の部下を助けもしなかった。ただ無残に見殺した。
願いを叶えるpielloこそ我らが祈る相手ではないのか」
「確かに合理的だな。形すら感じられない神を信じるより触れられて確実に願いを叶える者の方がいいと」
「だが、他のpielloではいけなかったのだ。私の本当の願いを叶えてはくれなかった。
ただ側に彼を置いておきたい・・・」
「その為にpielloが逃げ出せない空間を作り出したか・・・」
ルイスが苦々しげに呟く。脳裏に映るのは動かないpiello達。一言も発しない彼らの姿。
「分かっている。あの空間は失敗だ。あんな場所にリーフを入れることなんて私には出来ない」
「ベナ公爵、我もリーフとは逢った事がある。確かに変わった者だ。他のpielloとは毛色も違う。
pielloは元々人に好かれるために見目鮮やかな方がいいと昔から言われている。
まぁ・・・あれがそうなったのは当たり前だが、綺麗な顔立ちをしている」
ルイスは決して褒めているわけではないし、リーフの事実を淡々と語っている。
pielloを管理する者達が作った人形であると。
ベナ公爵知っているはずだ。自分が人形に戻った所を見ているのだから。
彼は同意するように頷く。
「そうだろうそうだろう。私も思ったよ。これほど美しい物があるものかと。
目を惹かずにはいられない」
ルイスは目を伏せ、横目でリーフの方を見た。多分最初から彼は気付いていたのだろう。
公爵に伝える訳でもなく答える。
「だが、知っているだろう。彼はウサギがいないと欠陥品だ。他のpielloと違い、人が所有できず彼らの自由さえも縛られたpielloだ」
しかし彼の返答は最も愚かで的を得た答えだった。
「ならばウサギから鍵を奪ってしまえばいい」
「お前・・・・」
ベナ公爵の答えに初めてルイスが目を見開き驚愕を表した。公爵は何事もないように続ける。
「何を驚く事がある。ウサギはpielloを追ってくる。その時に奪ってしまえばいい」
「・・・正気じゃないな」
可笑しそうにその並ではない美貌を歪ませて笑うルイスにリーフが逆に目を瞠る。それこそ本当に可笑しかったのだろう。
段々に笑い声は酷くなって部屋を覆う。公爵は何も言わずにルイスを見ている。
やがてくすくすと笑って、目元を拭う。
「時代が生み出したお前のような男は嫌いではないよ。どこまでも足掻くというのなら見届けてやってもいい。
あのお人形を手に入れるためにどこまでやれるか興味が湧いた」
伯爵は苦笑したように嘆息する。
「お前も今更ながら美しいな。だが、私の望むpielloではないようだ。
・・・変化を求める者に碌な者はいないからな。自分は変わる気がないのに人に求めようとする。
悲しい事だ。私のかつての封主がそうだった」
「そうか?お前はそんな相手に惹かれるのではないか。
リーフも同様だ。自分が変われないから人に求める。立ち止まる事こそ許さないと我は思う。
お前はどこまでも変化していくのだろう?お前の想う者の為に」
ルイスの口調はどこまでも優しく労わりを含むもので、その目は英雄とかつて言われた男を慈しむようで哀れむようだった。
彼は知っている。リーフが何故このように在らなければいけないかを。
彼の言っていた咎はリーフのような人形を作り出した事に加担した事なのかもしれない。彼が公爵を哀れむのは所詮、彼は人形に恋う男だからだ。
人になりきれないpielloそのものの何も無い人形。
痛むのは何も感じないはずの心だろうか。リーフは眉を顰め、扉の向こうを見続ける。
作品名:laughingstock6-2 作家名:三月いち