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laughingstock4-4

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4章4 Kaleidoscope


 彼が消えて少しして、扉が開く。美しいが異様な女性が立っていた。前髪は揃えられ、目の縁の文様はリーフとは違うが彼と似たような感じがした。
 その手には食事を乗せた盆がある。それをリリエッタの隣に置き、彼女は目の前に屈んだ。
 リリエッタは弱く微笑む。

「貴方もpielloなのね」 

 そういうと何の感情も浮かんでいなかった表情がくしゃりと歪んだ。悲しみと優しさに満ち溢れた表情だった。それをぼんやりと見つめながら別の誰かを考えていた。

「・・・さっきの答えが君の答えか?」

 意外と低い声にリリエッタは首を傾げる。

「女性じゃないの・・・?」
「君が女性だと思うなら女性と思うといい。そんな事我には何の問題は無いからな」
「そう。じゃあそう思うわ」

 リリエッタは疲れたように壁に凭れ掛かる。美しい人は悲しそうだった。何がそんなに悲しいのかリリエッタには分からない。リリエッタが知りたいのは目の前にいる人ではない。

「貴方も・・・他の人に依頼を受けたのでしょう?私は此処にいるわ。
 貴方の依頼は果たされる」
「そうだ。君のおかげで」
「私の?」
「君がリーフを謀ってくれた。・・・でも心を奪われた君には良くも悪くもだろうがな」
「ははっ・・・・本当にっ・・・・」
 
先刻から流れ続ける涙を止める事ができず、声を嗄らせる。彼女がそっと服の裾で涙を拭い続けてくれる。その上等な衣服に不似合いな染みができていくから、止めようとしたが彼女は言う事を聞いてくれない。

「汚れるわ」
「構わない。君の涙は本当に綺麗なものだから。人間が流す最も儚いものだ。
 リーフもこうやって拭ってくれただろう?」
「・・・言わないで。その名前を・・・」

 彼女は首を振って片方の手で頭を撫でてくる。その表情はどこまでも優しい。リーフと比べてとても感情に満ちている。

(ああ。私はどこまで比べたら気が済むの)

 気付かなかったら良かった。気付かなかったらこんなに苦しくなかった。

「彼がどんな気持ちであろうと君に何かを与えてくれたはずだ。それで苦しんでいる気持ちも分かる。
 けれど尊いものなのだ。人の世に生きて手に入る。リーフは、美しかっただろう?
 我もそう思う。あれは、多分無垢なのだ」
「無垢・・・」
 
彼女はリリエッタの頭を撫でながら頷く。その表情はどこまでも儚く哀しい。

「・・・人の世に生きていない者は君の気持ちを受け入れる事はできないだろう。
 それを手に入れていないから」
「・・・・分からないわ。でも、もう遅いの」

 それだけはリリエッタには分かっていた。彼と共に行く事はリリエッタの信念が許さない。彼の側に行く事はリリエッタではどうしてもできない。
 彼女はそっと立ち上がる。それを見届けて彼女も立ち上がり、ふとリリエッタの両手の甲を取ってほんの少し唇で触れた。
 神聖な儀式のような一時に、リリエッタは立ち尽くす。彼女は哀しい表情でどこまでも優しく囁くリリエッタに囁いた。。

「裁判が終わればリーフを我が呼ぼう。それまでは我が君を隠そう。我にもそれくらいの力はある。
 ・・・すまないな。君の立場側についてやれなくて」
 
そういって扉が閉まる。リリエッタは彼女が何の為に来たのか何となく分かった気がした。
 そして悲しんでいた理由も。

(あの人は人の行く末に敏感なんだわ・・・そして悲しんでいる。
 たった一人の人間のために)

 自分の信念の為に人を殺したpielloと対象者を害する人間を心配し謝罪にくるpiello。

「まるで、人間そのもののようね」
 
けれど心を占めるのはたった一人。神への冒涜になる思いを抱いたまま、それでもいいとどこかで思う気持ちも抱えながらリリエッタは薄く微笑んで、窓から差し込む蒼い月を見た。


 次の日、裁判所に響く音。全てが終わった音に扉に凭れていたルイスはやるせなくて目を伏せた。

 彼女の入っている扉に靠れ、ルイスは来訪者を待つ。
 リリエッタや異端審問達の気配を隠し、あの村から引き上げた。
 リーフ達はさぞかし困惑しただろう。けれどルイスも依頼は依頼だった。しかし何よりも大きかったのはリリエッタの意志だった。
 裁判での彼女の主張は素晴らしかった。弱き者全ての心を代弁していたとルイスも思う。

(けれど異端者が勝つ事は許されない。そんな時代だ)

 全て分かっていて闘った彼女が美しいと思う。きっと誰かには届いただろう。
 命を掛けて自分から残ったくらいだから。

「ルイス」
 静かな声音に少し離れたところにリーフが立っているのを確認して扉から外れる。リーフは腹を立てている訳ではないようだった。

「・・・怒らないのか」
「怒る?僕の力が足りなかっただけだ」
 
案の定不思議な様子で返してくるため、ルイスはやれやれと首を振る。

「・・・本当にお前は・・。いや何も言わぬよ。
 会っておやり。お前の力では飛べないように空間の制御はさせてもらっているが」

「なら、僕の仕事は終わった」

 そういって踵を返そうとする彼の手をルイスは捕まえる。やはり不思議そうにきょとんと見てくる彼に本気で頭が痛くなりそうになりながら、辛抱強く伝える。

「仕事が終了でも会ってやれ。彼女は薄情なお前に会いたがっている」
「本当にルイスといい、リリエッタといい、此処は変わった人が集まるんだなぁ」

 その戸惑った様子にルイスはおや、と思った。その端整な表情は帽子の影になって隠れて見えないが、途方に暮れた表情でもしてくれていたら嬉しいと思う。
 そうならば少しは彼女は報われるのにと。しかし上げた顔は特に何とも無い表情。

「行くよ。手を離してくれる?」
「勿論だ」
 
そういって手を離すと彼は扉を開けて中へ入っていった。残されたのはルイスと彼のウサギ。
 ルイスは今までリーフやリリエッタ、醜い依頼人にも見せなかった底の読めない笑顔をウサギに向ける。

「リーフが出てくるまでお前には話がある。我のウサギの一匹だ。我の事ぐらいは知っているだろう。
 じっくりと話そうではないか。我はウサギから逃げた者。そして我が手中にお前の主はある。
 もう、逃がしはせぬ」
 
ふふと嗤いながら、ルイスはウサギの右目に手を伸ばした。


 リリエッタは牢の壁に凭れ掛かり、終末を待つ。
 しかし扉が開いた事で待ち焦がれていたらしい相手が現れて、でも不覚だから表情には出さずにそっぽを向いた。相手は少し困っているように見える。
 けれどその口から発せられた言葉はどこまでも残酷だった。

「宗教を棄てれば君は助かりますよ。いつまでも苦痛を味わい続けるつもりですか?」
「・・・できないわ」

 もう、リーフはリリエッタが彼と一緒に逃げるつもりがないことを知っているのだろう。特に近寄りもせず、扉の近くで立ってこちらをみて一言。

「悪趣味」

 リーフを見て、リリエッタは目を丸くし、笑った。

「貴方・・・本当に顔だけじゃないのね。やっぱり嫌いだわ・・・そんな人」

 なんて自分は鈍感なのだろう。この人が好きだなんて、気付くなんて。
作品名:laughingstock4-4 作家名:三月いち