laughingstock4-4
仕方なくリーフが入ってから窓を閉める。そして何も無い部屋の床に座った。その前にリーフが座り、そっと腫れた頬に当ててくれた。
改めて近くで見ると女のように綺麗な顔立ちだった。右目を囲うように彫られた文様が異質に感じる。髪は白髪に近い灰色と知って余計に驚く。
複雑な服。肌は顔しか出ていない。そして首の大きな首輪。
「リーフ、」
「痛いですか?」
すぐ近くで視線が合うと何だか気恥ずかしくてリリエッタは慌てて首を振る。するとそれを片手で頭を掴まれて止められた。
「・・・リリエッタ、氷の存在忘れてますか?」
「ご、ごごごめんっ・・・ありがと・・・」
ボソボソと呟くとそれこそ不思議な顔をされた。
「僕は何もしてませんけど」
「・・・うん」
氷が腫れた顔に気持ちがいい。それを両手で受け取って自分で当てる。リーフはリリエッタの隣に座ったのを気配で感じた。
そのまま沈黙が訪れた。
けれどこのままでも良いとリリエッタは思う。無性に悲しくなって洟を啜っているとリーフがぽつりと話し始めた。
「逃げないんだね」
「・・・本当にいつから聞いてたのよ。でも、そうよ」
「此処に残って何をするの」
「何も・・・できないでしょうね」
リリエッタは自嘲気味に嗤って、膝に顔を埋める。そして息を深く吐き出した。
「・・・でも、元の生活に戻ったって誰も救えやしないのよ。それに逃げてるだけで、命の恩人に迷惑が掛かる。話したわよね?私は聖職者に連れて行かれたって。
彼は私よりほんの少し年上なの。ほとんど同年代。でも、私よりずっと小さい頃から大人びてた。
彼との差は大きくて、同年代の子に世話になっているって事より、素晴らしい彼の力になれない事が悔しくて 悔しくて。
・・・今も、負担になってて・・・私の選んだ道を彼はきっと悲しんでる。
優しいもの・・・。ならば彼を護って、自分の思う方法を取りたい」
潤む視界。この優しい気配に自分が本当に弱くなっている事をリリエッタは知った。
強く在り切る事ができない、だからこうしか選べない。
「・・・本当、弱いなぁ私・・・」
「逃げる?」
リリエッタが顔を上げると、壁にもたれたリーフの顔が見える。彼は眼を閉じて眠っているようにも見える。
「といっても僕は自分の仕事の為に君を逃がさないといけないんだけどね」
仕事という言葉にすっと頭が冷える。
今、自分の側にいるのも全て仕事だというのか。
「・・・そんな貴方とは逃げられないわ」
「じゃあどんな僕となら逃げられるんだい」
瞳を開くと、赤い眼がリリエッタを見ていた。無機質といえば無機質な色。
問われてリリエッタ自身が戸惑った。
(・・・どんな?)
私を想ってくれる人なら・・・?
教会の時のように優しく接してくれて、今のように優しく穏やかに側にいてくれる自分だけの存在であってくれたら?
(私は・・・・)
「リリエッタ、君の意志がないなら力づくで僕らは君を逃がすしかなくなるよ。
できたら君の決断が欲しいんだけど」
はっと我に返り、頭を振る。そんな事を考えている場合ではない。
とにかく、今断れば強制的に連れて行かれるだろう。それだけはリリエッタは避けたい。
「・・・裁判所に連れて行かれるまでまだ4日はあるの。
その最終日に返事をする」
リーフは答えない。いつのまにか彼の前に現れたウサギの腕の先を掴んで目を閉じていた。異様な姿だが、何か物悲しさがある。人形がぬいぐるみに縋るような姿を見ている気になって、リリエッタは視線を外した。
もう、あの楽しかった幼い頃の思い出は戻らないのだ。
「構わないよ。最終日に君の前に現れる。
その時に決めておいてね」
そういって彼はウサギと共に姿を消した。リリエッタは温くなった氷を外し、手の中を見つめた。
続く。
作品名:laughingstock4-4 作家名:三月いち