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laughingstock4-4

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第4章3 Orphan


狭く暗く何も無い部屋に閉じ込められ、リリエッタはたった一つの窓から外を見る。何も無いためする事は無いし、寝るにもベッドも何も無い部屋なため、床に転がって寝るしかできない。

(藁ぐらい置きなさいよね)

 たった一つの扉に鍵が掛けられている。逃げようと思えば窓から逃げる事は出来る。此処は小さな村であるため、尋問・拘束をするにも役所はなく、人のいない家で監視付きで見張られるだけだった。そして時間が来れば審問が始まる。それだけだ。
 リリエッタはもう逃げるつもりもないし、嘘をついて逃げ続ける事もしたくはなかった。
 仲間は言う。沢山の人を改心させるためと。そのために私達は生き延びなければいけない。それは道理だった。しかしそれは仲間達に任せる。

(私は、民達よりも彼らにこそ必要だと思う)

 それがリリエッタの願いに辿り着くと先刻分かってしまった。
 引くわけには行かない。それがこの身の破滅を呼ぼうとも。
 コンコンと扉を叩く音がする。リリエッタは視線を窓から扉へ向ける。

「いやはや、異端修道士会のお嬢さん今晩は」
「・・・」
「そんな怖い顔で見ないでくださいよ。私は話をしにきただけですから」
「墜ちきった修道士の姿など・・・・っ」

 その瞬間、目の前に火花が散る。顔を張られたらしく、その勢いで床に身体を伏せた。男はにやにやとしたまま、上から見下ろしている。

「仮にも上司に向かってその口を叩きますかね?昔、修道院でもあったでしょう~?粛清という名の私刑って。
 此処には止める者はいない。
 残念ながらあの小生意気な写本書写修道士長様は此処にいないですからねぇ。
 貴方の味方はどこにもいませんよ」
「お前が、あの方の名を呼ぶな!!」

 振るわれる拳。身を起こす事ができず、床に伏したままとなる。

「本当にね。あの方が連れてきた者は皆こうなると内部告発でもしましょうかね?
 そうしたら彼はもうあの立場にいられなくなる。言う事を聞かないお嬢さんのせいで」
「!」

 本当に汚い手段だと思った。彼に迷惑を掛けたくないからこうやって一人立ちしようとやってきたのに。今、自分の立場を改めて思い知った。逆手に取られて、彼を追い詰めている。
 身体を起こす事ができない分、震える唇で必死に請う。

「それは・・・やめて。お願い・・・」
「貴方の態度一つですとも」

 にやつく顔が見えなくて良かったと思う。

「信仰は棄てられません・・・ですからどうか異端審問に掛けてください」
「棄てられない・・・か。本当に、腐った者達だ」
 
憎憎しげに言い捨てて、彼は去っていった。
 扉に錠がかかる音がして、リリエッタは身体を床に伏したまま少しだけ泣いた。


 日が落ちて月が見え始めた頃、窓に何かが当たる音がした。

「・・・?」

 不思議に思って身を起こし、窓に近付くと仲間の一人の声がした。

「リリエッタ様、僕です」
「ああ・・・ええと?」
「名を名乗る者でもありません。貴方の修道士仲間の一人です。
 掴まっていましたが自力で逃げ出してきました。
 リリエッタ様、手助けしますから窓からこちらへ」
 
仲間達が手配したのだろう。けれど痛む頬を押さえてリリエッタは窓に近付かずに小さな声で返した。

「いいえ。私は此処に残ります」
「・・・・ぇ?」
「私は逃げません。他の方達には私を置いてこの村を出るように伝えて。話は以上です」

 一瞬沈黙が漂う。そして青年の声がまた聞こえてくる。

「・・・何故ですか!?」
「此処でするべき事を見つけたの。貴方達は一人でも多くの人に布教を。
 私は此処で旅は終わり」
「・・・・っ!貴方が分からない!
 何故死に急ぐのですか!裁判所なんてあっても何も変わらない。
 貴方を待っている人はまだ沢山いると言うのに」
「・・・ごめんなさい」

 苦しそうな青年の声に、言葉に応える事はリリエッタにはどうしてもできなかった。

(何もかも腐っているのよ。此処は。
 私達がどんなに各地を回っても、変化が見られないの)

「此処に残るわ」
 
強くそう伝えると青年の嘆きが聞こえる。

「役立たずのpiello!!お前らは願い一つも叶えられないのか!?
 いるのなら何とかしてみろよ!!!!」

それはリリエッタを驚嘆させるものだった。思わず窓を開いて外を見回す。そこには青年が一人蹲っているだけだった。それを見下ろして呆然と呟く。

「貴方だったの・・・?私の名で依頼をしたのは」

 肩が一度震え、青年もまた呆然と顔を上げる。

「何故・・・貴方がそれを・・・」
「私の元に来たからよ。貴方の名で依頼をしていれば貴方の前に現れたでしょうね」
「そうだね」

 清廉な声が響く。リリエッタの視線の先に、あのpielloがウサギを連れて立っていた。いつからいたのか検討もつかなかったが、特に何の感情も無く答え、彼はこちらに近付いてくる。

「君が本当の依頼人か。名も無きウサギ、リリエッタの方へ」

 その言葉に忠実に一瞬、掻き消え、気付けばリリエッタの隣に立っている。近くで見るほど不気味で、リリエッタは一歩下がる。
 その間にリーフは青年に最も近付いていた。蹲る青年はただ食い入るようにリーフを見ていた。リーフはリリエッタが見惚れるほどにその中性的な美貌で青年に美しく微笑む。

「初めまして。リーフといいます。けれどそれは問題ではないね。
 僕には一つポリシーがあってね。それを聞いてもらえるかな?」

 リーフは一瞬、リリエッタを気遣うような視線を向ける。そうするとウサギの腕が横から伸びてきたので力いっぱい跳ね除ける。
 逆にリーフは苦笑したようだった。

「僕のウサギ、精神面が弱いからあんまり苛めないでくださいね。
 それに、目隠ししておいた方が誤解を生まなくて済むかも」
「意味がわからないわ」
 
憮然と言い返すと、リーフは柔らかく微笑み返す。
「では、見ていたら分かります。

 さぁ君に、僕のポリシーを教えよう」
 そういった瞬間、青年の身体は風に切り刻まれたようにバラバラとなった。
 悲鳴すら上げる事無く、彼は一気に崩れ落ちた。

「きっ・・・・!!!」

 グロテスクな屍骸となり、リリエッタは床にへたり込む。その視線はリーフから外す事はできなかった。
 リーフは返り血に染まる事無く、血臭に顔を顰める事無く立っている。

「自分の願いを他人に擦り付けるような人間は、死こそ相応しい。
 君の願いは叶える価値も無い。
 けれど依頼人はあくまで『リリエッタ』だから叶えるとも」

 日常会話をするように話す彼を初めて怖いとリリエッタは思った。けれど同時にこの夜に佇むその姿が美しいと思ったのも事実だった。

(リーフ・・・)

 くるりとリリエッタの方を向いた彼は別れた時と同じ顔をしていた。そして普段話すように声を掛けてくる。

「リリエッタ、そっちに行ってもいいですか。
 顔、冷やさないといけないでしょう?」

 片方の手に持っていたのは氷の入った袋だった。
 リリエッタはそれに余計力が抜ける。ウサギはいつのまにか姿を消して部屋の中にはいなかった。
作品名:laughingstock4-4 作家名:三月いち