laughingstock4-3
「酷い死臭だな。これは。鼻が曲がって仕方ない。
まったく異端修道士会の者達もこんな所に好んで来るから我らも良い迷惑だ」
「まったくだ。さっさと帰りたいものだ」
別の者が相槌を打つ。しかしその側で若い修道士が不安げに口を挟んだ。
「しかし・・この村全てに教えが広がっているのではないですか?」
「告発は聞く必要もなさそうだ。皆、そうだからな。
全員に悔い改めさせろ。我らは1ヶ月滞在する事も伝えろ。異端修道士は軽い苦行ないし禁欲を行うだけで、 復帰できるかもしれんことを伝え、放棄しなかった者が教会裁判所に引き立てる事を言え。
大概はそれで伝わる」
「わかりました」
彼らが指示を仰ぎ、散らばっていくのを見て彼らの横をすり抜けて以前出逢った裏側へ向かう。そこでリリエッタが立ち尽くしていた。自然にウサギの姿を探すが、感じる事ができない。
(名も無きウサギ?)
監視しておくよう頼んだはずなのだが、今はそうは言ってもいられない。此処が見つかるのも時間の問題だろう。
「リリエッタ」
リリエッタは振り向き、疲れたように溜息をついた。
「また、あなた?」
「ええ。貴方の仲間達は?」
「尋問のために掴まったわよ。毎回毎回やってる事だけど。
・・・見た?あの服装を。根本的規律を忘れた高位聖職者たちの蓄財や堕落、思い上がりの結果よ。
此処の人たちは皆空腹に喘いでいる。なのに彼らは何もしない!」
リリエッタは唇を噛み締め、握り締めた拳は怒りに震えていた。
「私の村も酷い飢餓だった。通りすがりの聖職者に親が私を預けなかったら死んでいたでしょうね。
そんな人たちを救うために此処にいるはずなのに・・・」
そこで言葉を切り、睨み付けるようにリーフを見たかと思うと胸倉を掴んでくる。
「さぞかし楽しいでしょうね!私達には力が無い!!
貴方達を頼るしかどうにかする方法は無いとか思って腹の中で笑ってるんでしょう!?」
「いいえ」
掴まれたままリーフはほぼ同じ視線の彼女と眼を合わす。
「僕に貴方の今の願いは叶えられません。僕には飢餓や病気を治める力はないのです。
所詮人にできる事の「代理」でしかない。悲しい事にね」
リリエッタの瞳が揺らいでいる事に気付かない振りをして、力の抜けそうな手を支える。
「貴方を救うことしか、今の僕にはできません」
ついに零れた雫を片方の手で拭いながらそう告げると握っていた手を取り返される。
「・・・ずるいわ。・・・私、貴方を責め切る事はできない」
「いいえ。貴方は責めていいのですよ。僕らは本当の意味で無力なのだから」
できる限り優しく語りかけると彼女は強く自分の頬を拭う。その瞳にはいつもの気丈な光が戻っている。
「なら尚更、私は貴方達に頼っても仕方ないって事よね・・・。
行くわ。私、覚悟を決めたもの」
「覚悟?」
嫌な予感がしてリーフが問い返すと、既にリリエッタは表へ向かって歩き出している。それをゆっくりと追いかけて扉を開く前にその扉を押さえる。
「リリエッタ、覚悟って一体何の覚悟ですか?」
「闘いぬくの」
まっすぐにリーフを見返して扉を開けていく。そしてその先に先刻の者達が待機しており、彼女を拘束していく。ふと彼らの中から視線を感じた。
今は見えていないはずなのに。
しかしそこにいるのはただの人間だけだった。
(最近、おかしい。・・・本当にどうしたんだ?)
いつも通りではない感覚に戸惑い、教会の中に身を隠す。そして声に出してウサギを呼んだ。
「名も無きウサギ、何処だい?」
そういうと何も無い空間から巨躯のウサギの姿が現れる。それに眉を顰め、腕を組み彼を見上げる。
「・・・何処にいたんだい?リリエッタが連れて行かれたよ。・・・本人の意思だから付いて行ったという方が 正しいけど」
謝罪と戸惑いの感覚が入ってくる。彼の方にも何らかのトラブルがあったらしいという事は分かったが、それ以上は伝えようとはしてこなかった。
(珍しいけどね)
「・・・で、どうするつもりだい?あいつらを」
分かっている事を聞いていると思う。
リーフは怒っている訳ではない。ただ、役目を放棄せざるを得ない状況になっていたとしても仕事を放り捨てたウサギに責任を追求しているだけだった。
彼は場所を突き止めてくると言って急いで姿を消す。
「本当に、真面目だなぁ・・・。けど、僕が全てやってしまうとお前はまたおまえ自身の疑心暗鬼に囚われるだろう・・?」
リーフは組んでいた腕を外し、困ったような泣きそうな表情で消えた空間の揺らぎを見ていた。
続く。
作品名:laughingstock4-3 作家名:三月いち