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laughingstock3-1

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3章1 quiet talk  


 今日もまた、自分のいるスクリプトウムは瞑想と祈りの合間を使って、忙しく多くの知識人が働いている。彼らに渡した写本の一つをこの部屋の書庫に残すため、日々シェロは写本書写修道士長として聖務に追われている。シェロは彼らが作った写本に間違いがないか確かめると同僚に渡す。写本装飾修道士達に渡すため自分よりずっと年上の同僚は走り回っている。
 一通りの仕事を済ませた頃、ふと窓も開けていない部屋に風を感じて顔を上げると見知った姿に表情を柔らかくさせる。
 先程来たのだろう。いつものウサギの姿はなく、pielloという仕事をしている奇抜な衣装を身に包み長い三つ編みをした友人が部屋の中にいる。

「リーフ、久し振りだね」
「・・・そうだね。シェロ」

 リーフはいつものように読めない表情で、シェロに返事を返す。シェロは少し寂しさを感じながら、気を取り直して微笑む。

「少し待っていてくれないか。君に渡す物があるんだ」
「・・・ああ、そうだった。・・・ありがとう」

 少し困ったような表情はシェロの為に作った彼の表情だった。以前別れる前に見た彼自身の表情をちゃんと見せて欲しいと思う。彼に頼まれた写本を取りに梯子へ上り、本棚の奥へ手を伸ばしながらそんなことを思う。
 彼が自分に興味を示した瞬間だったのだろう。あれほど近く彼の心の側に行けただけでも喜ばなければいけない。写本を集めながら彼の方へ視線を向けると、初めて触るのか今出来上がったばかりの写本を開いたり閉めたりしている。それが微笑ましく思えていると体重を誤って後ろに掛けてしまった。梯子がぐらりと揺れるのを感じ、視線が天井を向く。

(落ちる・・・)

そう思った瞬間、シェロは柔らかい感触に当たって落ちた。

「ぐえ・・・」

 痛いと感じたのはシェロではなかった。驚いて周囲を見渡すと胸に抱いていた写本は床に散らばり、梯子は何故か倒れていない。梯子に目を向けると梯子を掴む黒い手袋が見える。そこから上へ視線を向けるとリーフが顔を顰めている。そしてシェロはリーフの腹の上に腰を掛けた状態だった。

「ぅわ・・・・!!ごめんリーフ!!」
「!!!!?体重掛けるんじゃない!吐く!」

 そういわれてぴたりともがくのをやめたシェロにリーフは指で自分の横を指す。

「こっちへ。手をついてそっと体重掛けながら移動してくれないか。良い大人だからできるよね」
 
剣呑な声に少し怒っている事が窺え、馬鹿にされた言い方を正す前に言う事を聞く。完全にシェロが腹の上から退いた後で、リーフは支えていた梯子から手を離す。梯子を支えたのはきっと梯子が倒れると大きな音が立つためであろう。そして大きく息を吐き出した。

「・・・君って本当行動が読めないね。ある意味、感心する」
「ごめん・・・。腹大丈夫かい?」
 
そっとその腹部に触れてみるが顔を歪める様子は無い。むしろ筋肉が引き締まっていて驚いた。柔らかいと感じたのはその全身を包む衣服のせいだったらしい。

「・・・リーフ、細身だけど意外に筋肉質?」
「知らない。栄養とか身体の管理をしてるのは僕じゃないから」

 シェロはそういえば。と思い出す。彼は螺子で動いているといった。人と同じ器官を持ちながら使用しているのはリーフの意識下の時ではないという事だろうかなどと考える。pielloは彼以外に会った事も無いので皆そうなのだろうか。

「リーフ、pielloって皆君のように螺子で動いてるのかい?」
 
問われたリーフは上半身を本棚に預けたまま座り込んできょとんとしている。自分もリーフの側で膝立ちしたままであるが。

「いいや。人間もいるよ。他の種族もいると思う。僕みたいなのはちょっと変わってる部類かな。
 でもそれを皆受け入れている。僕達は同じ仕事をするものとしては何の変わりもないから」
「人間も・・・いるの?どうやって行ったんだい・・・」

 シェロはただ愕然としている。リーフはそれを聞くことを不思議だと感じているらしい。

「・・・直接聞いた事は無いけど、此処を棄てたんだと噂に聞いたことがある」
「この世界を?」
「うん。どうやって僕らの世界に来たのかは曖昧みたいだけど。もう此処に帰りたくないけど、人として未練が あったんじゃないかって。誰か言ってた・・・チェレッタだっけ。君には、一番縁のない話だね」
 
リーフはようやく普通に微笑む。心からそう思うのだろう。ふとシェロはリーフの感情に戸惑って目を見開く。

「君・・・私にそちらに来て欲しくないと思っている?」
 
今度はリーフが驚いているようだった。シェロはその表情でようやく自分の緊張が解けた気がした。
 友人に壁を作られる事ほど嫌なものはないとシェロは思っている。いくら久し振りでもいきなり態度を改められるのは良い気持ちはしない。そんな事をつらつら考えていると目の前のリーフが以前のようにあははと笑い始める。

「本当にっ・・・面白いっ・・・!!何でいつも君はそうなんだろうねぇ。そんなに分かりやすいのかな僕って。それとも秀才だから?
 何でもいいけど降参っ・・・僕は君にこっちに来て欲しくないと思っている。正解だよ」
 
ひとしきり笑って、少し目元を和らげる。

「・・・君は神の道を貫くんだろう?僕らの世界には君の崇める神はいない。
 そんな世界に来たら君は生きていけないだろうなと思っただけさ。
 それに、君みたいなpielloがいたら依頼者に泣き落とされて仕事が一向に終わりそうにない」
「後半はひどい」
 
それだけをかろうじて伝えて、他は否定できない事に気がつく。言いよどんでいるシェロを見て苦笑を返しながらリーフは散らばったままの写本を集めるために立ち上がった。

「・・・さぁ、本来の仕事に戻ろうか」
「・・・ああ。口頭で伝えてくれ」

 リーフが持ってきた情報を一通り聞くと、シェロは視線を落として瞳に暗い影を落としていた。

「・・・ありがとう。リーフ。私達は何も聞かされていない。ただ流れていくままなのだな・・・」
「・・・」

 リーフは腕を組んだままシェロを見つめていたが、やがて視線を外してシェロが準備していた写本を手に取る。それを開き、少し目を通してやがて閉じる。
 それを見ていたシェロが不可解な表情をして近付いた。

「?私は写本を間違えていたかい?」
「・・・いいや。合ってるよ」

 その横顔はただ苦しそうだった。苦しいというよりやるせないというようなもどかしそうな表情で、シェロは首を傾げ、リーフの腕を掴む。

「・・・その写本は何の為か、聞いてもいいかい?」

 シェロはリーフが自分の為だと答えない事だけは分かっていた。彼が自分自身に執着していたらきっとこんな性格にはならないような気がする。そういう意味では彼は他人に一番近い。彼は彼自身すら他人でしかないのだろう。これ程興味の対象が分かつ者にはならなかったかもしれない。
 そして彼が一番執着しているのは多分一つしか無い事も何となくシェロには分かっていた。

「・・・僕の事しか考えていない馬鹿がいてね。そいつは自分が世界で一番嫌いらしい。
作品名:laughingstock3-1 作家名:三月いち