laughingstock2-4
「・・・」
キアラは机の側の窓を開ける。すると潮風が入り、どこか生暖かい風が部屋へ入ってきた。
「・・・良い風だな」
「ええ・・・本当に」
ユージンの顔を見るととても穏やかな表情をしていた。この街を好きだと以前言っていた。そして自分は此処から離れるつもりはないとも。
キアラには分からない。幼い頃にした約束を護り続けた「彼」の騎士。それは幼さ所以の愚かさだと気付いたのはユージンだった。気付いても自分の意思を貫き通そうとしたレイナスを受容していながら、ユージンは彼との約束を叶える気は無かったのだ。
「レイナスは此処へもう帰ってこれない。それはお前の望んだ結果だろう」
「はい。・・・これでこの街は守られる」
その横顔には悔恨や懺悔などは見られない。キアラは不可解そうに顔を顰める。
「・・・何故、彼との約束を反故にしたかった事を伝えなかった。伝えたら彼は」
「・・・レイナスは変わりません。昔からそう。
彼は一度決めた事を決して変えはしない。命を賭けても。
私は気付いた。私達が望んだ事が彼の中にどう息づいていたか。私の願いは・・・
この街で偶に彼に逢いながら生きていければよかったんです。
けれど彼は私をこの街と一番下の階級であるという事から解放する事が最善と思っていたんですね。
・・・・・・・私はこの街が好きです。彼の独りよがりな思いで壊されたくは無かった」
「・・・願いは、レイナスをお前の前から消すかお前自身の消去。だったな」
ユージンは頷き、その手には医療用の刃物が握られていた。その表情はどこか晴れ晴れとしている。
キアラはその顔を見ていられずに視線を逸らす。
「・・・レイナスはもう此処へは帰ってこれない。欲得のために彼の父は此処の領主の命令で毒を盛られていたらしいな。
お前がそうする理由はないだろう・・・?もう・・・」
ユージンはいいえ。と言って首元にその刃を当てる。幼馴染に何も言わなかった事で道を外させた青年の心情を読む事はできない。ただキアラの思う事は、彼に約束は重すぎたのではないかと思う
「・・・キアラ。短い間でしたけど、ありがとう。レイナスを引き離してくれて。
私の願いを叶える場を作ってくれて」
「お前が俺達を呼ぶほど強い願いだった。ただ、それだけだ」
ユージンはふっと窓の外を見て目元を和らげ、そして目を閉じた。
「・・・嗚呼本当に、此処が私の世界でした。全てを捨てても惜しいと思える・・・・」
※
※
「髪が、痛みますよ」
ふと声が聞こえて外していた帽子を両手で掴む。
思わずその身を翻して周囲を見渡す。
「・・・?」
「帽子、被っていたほうがいいですよ。せっかく綺麗な長い髪だから。
この街はね、潮を含んだ風が吹いていますから気をつけて」
隣で自分のウサギが不思議そうに袖を引く。
自分の側を通り過ぎたのはただの風、だった。
―やくそくを しよう。
ふたりともにいきていくために
2章 ー完ー
作品名:laughingstock2-4 作家名:三月いち