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形のない形

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 ―――八時間前。
 慶嗣はパウダースノーのドライアイスをバケツに敷きつめ、頃合いを見計らい継ぎ足しながらテーブルにあるバケツに左腕を浸している。あともう少しこの状態に耐えれば、思い描いている通りの身体を手にすることができる。そう思うと喜びに震える。
 隆弥さんは今日はオペだといっていた。突然帰って来たり、連絡が入ったりすることはないはずだ。左手の感覚はもうない。既にこの状態で四時間くらい経っただろうか。なんだか眠たくなってきた。
 今なら引き返せるがもとより引き返すつもりなどない。世を儚んでいるわけでも、自棄になっているわけでもない。この先にある目的のためへの苦痛だと思えばこれくらいは耐えられる。
 隆弥さんには怒られるかも……。もしかしたら愛想を尽かされるかもしれないと思ったりもするけど、心のどこかでそれもいいかもと考えたり……、これで隆弥さんの気持ちが試せるかな……とか考えたり。少し思考に取り止めがなくなってきている。五体満足な体でここまで育ててくれた親には申し訳が立たないだろう。
 でも仕方がない。自分が異常なのはわかっている。自分で自分の腕を切り落としたいなんてはっきり言って異常だ。隆弥さんには何度も止められている。カウンセリングを受けるように勧められ、隆弥さんの言うことには従おうとカウンセリングは受けている。
 ただこの腕の感覚が自分の身体には不必要なものであると訴え続けている。時々感覚がなくなる。触っても感覚がない。瘡蓋《かさぶた》を剥ぎ取りたくなるように、取っ払ってしまいたい衝動に駆られる。それが積もり積もってとうとう行動に移しただけのこと―――。戦国時代や江戸時代ならもっと簡単に実行できたかもしれないのに、現代は他人事に敏感になりすぎておかしな人間には生きにくくなっているのかもしれない。
 隆弥さんのいないときを見計らって計画を練った。苦手な医学書などにも目を通し、事故にならないよう準備を進めた。一番安全で一番確実な方法を考えたら、凍傷による壊死切断が一番確実なのではないか、人も巻き込まず自分一人で実行できる。そう考えて、冷静に……。最後の最後に隆弥さんに頼る形になるのは仕方がないけれど。
 カウンセリングを受けながらも密かに計画を考えていた。眠れないと嘘の症状を訴え、精神安定剤を処方してもらい、この計画を実行するためにそれを服用しているので少し眠気が襲ってくる。
 ドライアイスが溶けだす音がして時計を見ると思っていたより早く時間が進んでいた。意識を失っていたようだ。時間を確認すると三時間くらい経っている。
 腕がそこにある感じが全くしない。もうそろそろいいだろうか。確実に事を進めるために考えていた通りに事が進んでいるのか、少しぼやけた頭でははっきりと認識できないものの、次の段階へ進むために思考を始める。
 病院に連絡して救急車を呼ぼう。なんとか歩けるといいんだけど……。そんな事を考えながら、けだるい身体を引きずるようにして手元のワイヤレスホンをプッシュした。


作品名:形のない形 作家名:志木