オレたちのバレンタインデー
4 すりかえられた疑惑―Teacher.A
私は、一時間目に早速出鼻をくじかれてしまったことに憤慨していた。原因は、勿論例の「問題児」だ。
始業ベルの数分後に悠々と入室し、教卓の前を大きな欠伸で通り過ぎて席に着くなり隣席のOにちょっかいを出す。最も生徒会本部疑惑の濃い者だ。ひょっとしたらあの会報を出したのもあいつかも知れない。
思いながら、職員室で昼休みに次回の授業の計画を立てていると、
「Teacher.A」
ざらざらした、清涼感のかけらもない声が聞こえた――あいつだ。
立ち上がってじろりと睨んだ。問題児は呆けた目でなんとはなしにそれを受け止めると、スタスタ近づいてくる。
「数学についての質問ならO君にしたまえ。キミの親友なのだろう?」
問題児はOの名前が出ると私から目を逸らした。
「副会長Iの計略に嵌まりてfriendship崩れぬ。Teacher、子はmy担任なればお願い致したきmatter侍り、参り候」
英文と古文を微妙に織り交ぜた彼なりの敬語表現は教師の間でも評価の分かれるところだ。私は絶対に評価しないが。
「なんだね」
「担任」という言葉を出されたので、仕方なく応じた。
問題児は辺りを窺った。だいたい、彼が入ってきたことからして、職員室はさざ波立っていたのに、担任と話をしたいということになると否応なしに注目が集まる。それに気付いているのかいないのか、彼は声をひそめて、
「Teacher、筆談致したく存ずる」
私の机から紙切れと鉛筆を勝手に取ると、いつもテスト採点時に苦労するあのミミズ文字を書き始めた。
【先日の生徒会報についてどう思う】
なんとか読み取る。筆談では敬語を遣わないのかおのれは。
【見た。いったい誰が書いたのだ、あんなもの】
同じ紙に返事する。彼は期待通りだと言うように大きく頷いた。
【では、やはりとんでもないと思うのだな。
オレもまったく同意見。なんでも副会長のIとかいうやつが書いたらしい。ふざけているにも程がある】
敬語のないのが癪だが、言っていることはまあ的を得ている。
【先生、副会長を知っているか】
その親しげな言葉遣いはやめろ。だがIという生徒は知っている。この学校にイニシャルIは一人しかいない。恐ろしく不細工でネガティブ志向だが、数学だけは天才的にできる二年生だ。しかしなぜ、こいつが副会長の名を知っているのか?
作品名:オレたちのバレンタインデー 作家名:貴志イズミ