世界はひとつの音を奪った
「それじゃ、アタシ他のお客さん待ってるから行くわね。」
「はぁーい。まったねー神楽ちゃーん!」
ニコニコとサトル君が手を振ると、神楽ちゃんはウインクをしてから去っていった。
背中には、首から提げたカウボーイハットが背負うようにゆれる。
あれは、彼女がCAGRAであることの目印なのだそうだ。
僕のサングラスが、僕をNOIZであると示すものであるのと似ている。
カウボーイハットが目印の綺麗な女。
サングラスが目印の奇妙な男。
僕たちの夜の客への、サイン。
CAGRA、…神楽ちゃんはこの店のウェイトレスだ。
夜のこの店は、昼間のだらけた雰囲気とは一線をひく。
スーツ姿の男が目立つ。
彼らはひっそりと話を続け、仕事の話をするように、聞こえにくい会話をしている。
もちろん普通のお客もいるのだけれど、賑わう客の会話に隠れるように隅の席をとる。
内容は…聞かないほうがいいと彼女は笑う。
やり取りをしている紙袋の中身や、時折に神楽ちゃんが受け取る封筒の内容なんて、普通の人間が知ろうとしないほうがいい。
僕の場合、神楽ちゃんからコンタクトがあるまで知るつもりもない。
作品名:世界はひとつの音を奪った 作家名:黒春 和