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携帯彼氏 3

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俺は大男の袖をひっぱって、ロビーのソファに無理矢理沈めて座らせた。アコが女連れの俺の姿なんて見たら、いくらさっぱりしてるアコでもいきなりここで修羅場になること間違いなしだ。
座ってしばらくして、パニックだった俺の頭も少し冷えた。そうすると、さっきの会話の一部がちょっと気になって、俺はあたりを物珍しげにきょろきょろ見回してるでか男の袖を引っ張った。
「おい」
「はい、なんでしょう?メール作成ですか?」
「違う、アプリの登録変更ができるって言ってたけど、登録抹消もできるのか?」
「はい、できると思います」
「じゃあ早速してくれ」
もしかしたらこいつが元の、ポケットサイズの携帯に戻ってくれるんじゃないかと俺は期待した。
男はふわふわした金髪頭を、水に濡れた犬みたいにぶるぶるっと振ると、大きな目をぱちぱちと数回瞬きさせ、無言のままで固まった。
男の動きをじっと見守ること三十秒。
固唾を呑んでいた俺に向かって、男はなんとも情けない顔をした。
「申し訳ございません、このアプリは一度登録すると一定期間は解除できない設定になっていますう」
「な、なんだって?どのくらい?」
「ええと、登録してから七日間は無料お試し期間でして、その間」
「その間はお前は男のまんまだってのかよ!さっさと携帯に戻ってくれよ!」
俺がここが高級ホテルのロビーだという事も忘れて男の胸倉を掴みそうになったその時、高価なスーツを着た女がヒールの足音も高くロビーを横切ってくるのが見えた。背は低いけど全身から漂う迫力のある女。アコだ。
「蘭ちゃん!」
事業主の迫力がすっと消え、まるで小学生みたいな笑顔で手を振ってやってくる。
「アコ、お仕事おつかれさま」
「やっと一日が終わったよー!蘭ちゃんに会いたくてがんばったんだからあ」
子供みたいに俺の胴に抱きつく彼女を、俺も子供みたいにあやしてやる。アコはばりばり働く女だ、時には甘やかして欲しいと思ってる。俺の仕事は、彼女を甘やかすこと、だ。
「ねえ蘭ちゃん。今日はお連れがいるのね?」
アコの目は俺の横でもじょもじょしている男をすぐに捕らえた。そうだ、しまった、こいつをどう紹介したらいいものか。
アコは男を足の先から頭の天辺までじろりと見て、ふうん、と肯いた。
「お店の新しいコ?かっこいいじゃないの」
「あ?ああ、そう!新入りなんだ!」
「じゃあ蘭ちゃんのヘルプとかに入るのね?よろしく、アコよ。あなたの名前はなんていうの?」
物怖じしない彼女はにっこり笑うと男に手を差し出した。握手ということがわかってないのか、携帯男は目をぱちくりさせながら彼女の手を眺めている。
「こいつの名前は、そ、そう!ヒロっていうんだ!ヒロ、ほら、握手だ握手!」
ぼんやり突っ立ってる男の手を無理矢理取って、無理矢理握らせた。携帯電話ってのは握手も知らないのかよ、まったくもう手間のかかる!
「あのう」
「なんだよ」
「ヒロ、というのは……」
「お前の名前だよ。俺が決めた」
携帯男は俺をまじまじと見ながら不思議そうな顔をしていた。機種名でもない『名前』というものが珍しいんだろうか?まあ、ヒロっていう名前は俺が子供の頃飼ってた犬の名前で、たった今思いつきで決めたんだけど。
「あら、いい源氏名じゃない。ちょっとセンスが古い気もするけど、覚えやすいわ」
「あの、ゲンジメイ、とはなんですか?」
親しげに腕を叩くアコに向かって、男はにこにこと舌足らずな口調で質問を投げた。ば、ばかやろう、なんで俺じゃなくてアコに聞くんだよ!お前は俺の携帯だろう!
密かに慌てて青い顔をしている俺にはまったく気がついてないアコは、けらけらと楽しげに笑った。
「やだあ、このコ何にも知らないでホストになろうと思ってるのね!」
「はい、何にも知らないんです。教えていただけますと、大変にありがたいです!」
アコは更に笑った。腹を抱えて笑いながら、携帯男ことヒロの腕に自分の手をかけ、大きな男の頼りない顔を見上げる。
「かっわいいわね。あたし、このコ気に入っちゃったわ。蘭ちゃんって、面白い新人見つけてくるのね」
「ア、アコ。あの、こいつ本当に何にも知らない素人同然だからさ、その、迷惑じゃ……」
俺の計画じゃ、俺達二人が食事している間や店に行くまでは、こいつはちょっと離れたところからついて来させる筈だった。が、アコはまるでお気に入りのおもちゃが見つかった女の子みたいにヒロの腕から手を離さないでいる。
何にもわかってない俺の携帯は、上機嫌な彼女の笑顔につられて自分もにこにこ笑ってる。なんて単純な奴なんだ……!電子機器のくせに!
「ねえ、お食事三人でしましょうよ。このコだけ仲間はずれとか可哀想だもの」
なんだか、ものすごく疲れた。これから仕事だってのに、俺は一体どうなるんだろう。
「あ、でもレストランの予約は二人でしか入れてないから……」
「電話で予約変更すればいいじゃない。ね、蘭ちゃん」
「でんわ……」

逃げ道をふさがれた俺の絶望した目に映ったのは、やたら張り切って手をあげてるひよこ頭のあいつ。

「はいっ!お電話ですね、おまかせください!」
「元気イイじゃない!新人は元気じゃないとね!」
「はいっ、ありがとうございます、アコさま!」

アコとの食事中、携帯男がボロを出さないようにとひやひやしたせいで、俺の寿命が縮まったのは言うまでもない。

<<続く>>
作品名:携帯彼氏 3 作家名:銀野