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携帯彼氏 3

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携帯電話、って名前なんだから、ケータイってのは持ち歩くのが当たり前だ。持ち歩けなくちゃ携帯じゃない。
差し迫って俺の前に立ちふさがった問題はそこだった。胸ポケットに収まるサイズだった俺の携帯は、信じられないが今や身長180㎝を軽く越えた大男になっちまったのだ。こんなもん、どうやってポケットに入れろって言うんだ。携帯しようにも出来やしない。
「おい、お前」
「はい、なんでしょう?メール送信ですか、受信確認ですか?」
男は相変わらず俺の部屋の真ん中で正座したままだ。よく見れば、男の体の下から黒いコードがコンセントまで延びている。昨日の夜、俺が自分の携帯を繋いだ位置そのままだ。
やっぱりこいつ、俺の携帯なのか。
俺は改めてがっくりした気分になった。何が悲しくて、携帯が人間になんてなっちまうんだ。そんな夢物語がこの世にあるもんか。
だけども、確かに目の前のこいつは俺の携帯だ。通話も、メールの送受信も、俺しか知らない内容をすらすら話す。
携帯が無くちゃ仕事にならない。俺にとって何より大事な商売道具。出掛ける時には肌身離さず持ち歩いてきた。
でもこんなでかい男を連れ歩くなんて、考えた事もないぞ!そもそもこいつ、歩けるのか?
「俺は仕事に行く。お前はついて来れるのか?」
「勿論お供致します!」
男はすっくと立ち上がって、嬉しそうに俺を見下ろした。くそっ、携帯のくせに俺を見下ろすとか生意気だぞ。
「よし、じゃあついてこい。いいか、俺が命令するまで余計な口をきくなよ」
「はいっ、わかりました!」
俺は最近買ったばかりのネクタイを締めた。イタリアブランドのスーツ、オーダーメイドのシャツ、小さなダイヤのタイピン。シックな色ばかりだが、見る人間が見れば俺がホストだとわかるだろう。決めすぎるくらいに決めた服装なんて、17時前に都会をうろつくスタイルじゃない。
「あ」
足型から合わせて作ったお気に入りの靴を玄関に置いて気がついた。
「お前、靴…………」
靴が無くちゃ歩けない。慌てた俺の視線の先には、ニコニコしながら、靴を履いたままで部屋の真ん中に立っている男の姿があった。
「この……バカヤロウ!なんで靴履いたまんまで上がってるんだよ!」
「く、靴?いえあの、これは私の外装の一部です」

ああ、本当にこいつは携帯だ、携帯なんだ。情けないやらアホらしいやらで、それ以上怒る気にもなれなかった。

「わかった、もういい。とりあえず、今日は俺の後についてこい。」
「はいっ」
男は見えない尻尾を振りながら俺の後をぴったりとついて来た。うん、命令は聞くみたいだな。
「……お前、本当に俺の携帯なんだな?」
「はいっ、間違いなく!」
玄関を出る前に、どうしても聞きたい事は聞いておこう。外でこんな会話を聞かれたら、俺まで頭のおかしい奴だと思われちまう。
「なんで、人間になっちまったんだ?」
「……はい、ええとですね、本日午前四時四十四分にご利用になりましたアプリのプログラムで、私を人間化されたのが原因だと思います」
「人間かぁ?」
「はい、ご利用記録が残っております」
何馬鹿な事言っていやがる。俺は頭がおかしいだろうこの男を怒鳴りつけようとした。が、記憶の片隅からぼんやりと何かが浮かんできた。

寝る前に酔っ払って携帯を弄くった事。出逢い系サイトを冷やかした後、宣伝メールの類を消した事。その時、面白半分に新着アプリを開いて見た事。
新しいゲームか何かだと思って、うっかり携帯のメールと電話番号を登録した事。

「まっまさか!」

そういえば何だか変な画面だった。『無料体験期間延長中!あなた好みの人と過ごしてネ!』なんて書いてあって、てっきりその手のサイトかと思ってたのに、サイトトップには『携帯があなたのお側に参ります!あなただけの携帯とステキな時間を』なんて……書いて……あった気が……

「アプリ…だって?」
「はい、アプリです。あ、無料体験期間中なので、登録料はかかりません。パケット代も使い放題プランにご加入中ですので、今月の通信料は変わりないかと」
「いや……そうじゃなくて。アプリで機械が人間になるとか、ないだろ?」
男は心底驚いた顔をしてうろたえた。
「な、ないのですか?」
「ねえよ、普通!」
「……勉強不足で申し訳ございません。アプリ機能について最新情報を更新していないものでして。新機種ならばこの機能についてお知らせできたと思うのですが……」
私の製造年月日が四年以上前でなければ、と言いながら、男は心底悔しがっていた。……演技にしちゃあ本気すぎる。
やっぱりこいつ、携帯なのか。
「……わかった、もういい。この話はもう止めだ」
スイスブランドの腕時計がもう午後三時半だと知らせてる。もう家を出ないと待ち合わせに間に合わない。車を使っても良かったが、今日も酒が入る事を考えれば避けたかった。
「はっ、よろしいのですか」
「その話は後でゆっくりしよう。俺は今、急いでるんだ」
呑気にぼーっと立ったままの男の袖を掴んで、引きずり出しながら俺は玄関を出た。


今日俺が会う約束をしているのは、上得意の客、ネイルサロンを経営しているアコだ。都内の上等な場所に五軒の店舗を展開し、高級感を好む常連客をがっちり掴んでいる。
金払いのいい客だけど、最近の不景気のせいで経営は以前ほど楽ではないらしい。会う度に仕事の愚痴をこぼされてるけど、そいつを気持ちよく聞いてやるのもホストの仕事の一つだ。
約束の時間に待ち合わせ場所である高級ホテルのロビーに着いたが、アコの姿は見えなかった。忙しい彼女は仕事のせいで遅れる事が多い。
「おい、お前。余計な事は言うなよ」
「余計な事とはなんですか?」
「自分が携帯だとか、そういう事だ」
「ハイ。自分が携帯だとか、は、言いません!」
「…………………」
不安だ。ものすごく不安だ。
「今から会う女は、俺のお得意様だ。機嫌を損ねたくない」
そう、アコは俺が店のナンバー2でいる為の大事な客だ。第一、金払いがいい。つけにしたりカード払いにせず、現金でぽんと遊んでいく客はなんといっても逃したくない上客だ。
それに、俺はアコの事が嫌いじゃなかった。彼女には女特有のじっとりした陰気な部分がない。馴染みになると他の客への嫉妬心をむき出しにしてくる女が多い中で、アコはホストは金で愛想を売っているのだとわりきって遊ぶ。彼女の気の強さには時に閉口するけど、竹を割ったような性格は付き合いやすくて実に楽な客だ。だからこそ、この間抜けな携帯電話男でトラブルは犯したくない。
「てかもう、なんで俺の携帯電話がこんな男になっちまうんだよ、くそっ!」
「も、申し訳ございません。あの、アプリの登録を再度していただきますと女性形になる可能性もあるかと思うんですが」
男は何度もぺこぺこと頭を下げて俺に謝る。でっかい金髪頭の男が、いかにも水商売らしき俺に泣きそうな顔をして頭を下げている光景は人目を引いた。ドアボーイもベルボーイもじろじろと俺たちを見ている。
「さ、さっさと来い、馬鹿!」
「あのう、登録なら五分もかからず変更できますが……」
「いい!男のままでいい!お前が女になっちまったら更にややこしすぎるっ!」
作品名:携帯彼氏 3 作家名:銀野