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吉祥あれかし 第一章

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 そんな中、通訳、世話係を含めても僅か5名のみで成田に到着した国があった。明らかに異国のものと判る縦縞の入った袷着(あわせぎ)に主に緋色の幅のある肩掛けを提げた彼らは、入国管理局のところで些(いささ)かの問題を起こしたらしい。緋色の肩掛けを纏(まと)った通訳らしき人物が厳(いか)つい無表情の管理官に向かって必死に説明を試みようとしていた。


『しかし、これは国王として公の場で披瀝(ひれき)するに相応しい物品であり…』

 些かヒンディー系の訛りの入ったその英語に対し、管理官も警棒を片手に母音に癖のある日本訛りの英語で返す。

『これは、この国では刀剣類と看做(みな)されます。銃と同様、本国への刀剣の持ち込みは法律により固く禁じられています』

 管理官と通訳が問題にしていたのは緋色の肩掛けの中で一人だけ、橙黄色の肩掛けを身に着けていた人物が脇に提げていたそれを巡ったものらしい。片や、『国王から威厳を奪う心算(つもり)か』と通訳が突っ掛かれば、片や、『法律には身分の貴賤無く遵じて頂く』と応じて聞かない。先程からこうした堂々巡りの遣り取りが小一時間ばかり続けられていたが、橙黄色の肩掛けを纏った人物が傍らの剣の柄を握りながらゆっくりと口を開いた。


「…此れが、我等をこの国に入らせない原因か」

 その口調はゆったりとはしていたが、どこか格調高い響きを兼ね備え、管理官と通訳の押し問答を黙らせるに十分の威厳を持ったものだった。その人物はゆっくりと脇からその剣を外そうとするや、周りの緋色の肩掛けの人物から制止を嘆願する声が上がっ
た。

「陛下!お止め下さい!」

「陛下!それは陛下のお体の一部です!」

「陛下!」

「陛下!」
 
 そんな周囲の声を無視するかのように、まだ年若い「陛下」は剣を外し、緋色の肩掛けの一人(おそらく侍従であろう)にその剣を取らせ、管理官に渡すように通告した。建国の象徴とも言うべき伝説ともなっている剣を両手に捧げられた侍従の手は僅かだが緊張と恐怖で震えていた。

「陛下…」

「どうした、早くその剣をあの者に差し出せ。さすれば、我等がこの国に入ることが出来るのであろう?」

 侍従が躊躇(ためら)いを見せていると、「陛下」は一同を教え諭すように玉音を紡ぐ。

「この国の言葉には<ゲオに入ればゲオに従え>という諺があると聞く。我等とて、幾ら王権を持つ者であってもネパール語が話されているゲオに行けばドゥク語ではなくネパール語が判る者を随行させるし、そのゲオにて奉っている神々を御仏と同様に崇敬もしよう。それと同じことだ」

 迷いの無い、澄み切った「陛下」の言葉の前に、一同は深くお辞儀をし、平伏(ひれふ)した。剣を携えた侍従が管理官に向かって差し出すのを見届けながら「陛下」は通訳を介さず、管理官に向かって英語で語りかけた。

『その剣は朕の物であって朕の物ではない。我がドゥク・ユル国が建国以来、統治者たる王が身に着けて来た、謂わばドゥクの魂でもある。保管の際はその事だけは忘れないで頂きたい』

 
 管理官は「陛下」に対して短く会釈を垂れ、了解の旨を通訳を介して伝えた。

 こうして日本を訪れた中で最小規模のドゥク・ユル国の国王一行は東京の地を踏んだのである。
作品名:吉祥あれかし 第一章 作家名:山倉嵯峨