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彼岸坂稚弥
彼岸坂稚弥
novelistID. 11356
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46度ずれた兄妹と、過去の彼ら

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あの『兄妹』にも、当然のことながら過去があるわけで、そんな過去の話。

 雅弥18歳、仔鞠17歳の秋。
 学校行事の所謂文化祭が近づいてきていたそんな最中だった。
雅弥の在籍する情報処理科と仔鞠の在籍する美術科も例によって例にもれず文化祭準備に慌ただしい。
 けれど、兄妹は自分達のペースを崩す事など一切しない。
「こ、仔鞠ちゃん! これ、どうしようか?」
 滅多に声を掛けられることのない仔鞠は、ピンクの縁取りの伊達眼鏡(その方が知的に見えるかもしれない、という仔鞠の願望でもあった)の奥の瞳をちらりと声主に向けた。
 仔鞠の記憶にはあまりないが、恐らくクラスメイトなのだろう。
両手に持った縫いかけの衣装に視線を移すと、仔鞠は無言で片手を差し出した。
「行き詰まったならそれ、貸して。直しておくから」
 常に仔鞠が携帯している裁縫道具を取り出すと、簡単な手直しを始める。
ミシンを使っていないのにソレに匹敵するくらいの丁寧さで手早く縫い付けると、仔鞠は仕上げにダーツを入れると糸を切った。
「はい」
「有難う、仔鞠ちゃん!」
 ぺこぺこと頭を下げて他のクラスメイトの居る所へと戻っていったその生徒の背中を見やっていると、頬に暖かい物がぶつかる。
「珍しいじゃん、仔鞠が手助けするなんてさ」
「ん、勇人か。勿論バンホーテンのココアだよね?」
 頬に押し当てられた缶を受け取ると、ラベルを確認することなくプルタブを開ける。
「当たり前だろ。お前の腐れ縁何年やってると思うんだよ。…で、どういう風の吹き回しだ?」
 仔鞠の前の席に腰掛けた勇人は物珍しそうに先程のクラスメイトの後ろ姿に目をやった。
「いや、別に気紛れ。少しは高校生ぶってみた」
「なぁるほど。あ、そいやぁさっきコレ買いに行った時に先輩に会ったんだけどさ、仔鞠にコレ渡してくれってさ」
 ポケットに入っていた預かり物を取り出すと、仔鞠に手渡す。
仔鞠は何事もないように缶を机に置くと、両手で慎重にソレを持った。
「…で、ソレ何なんだ?」
 四角く薄いソレは一見して何であるかが判断がつかない。
 ただ、仔鞠が好む赤と黒のコントラストを所有している、という事しか理解できなかった。
「ん、おにーやんの試作品。色んなポータブルゲームがこれ一台で出来るってやつ。この前頼んだんだよ」
「…如何にも仔鞠専用だな…」
 ゲームをこよなく好む仔鞠にあつらえたようなその機体に目をやれば、なるほど、薄いながらもしっかりと各メディアが入れられるスリットが入っている。
 その時、5時を知らせるチャイムが鳴る。
 SHRも済み、もう放課後になっているにも関わらず仔鞠がこんな時間まで学校に滞在するのは珍しい。
けれどソレも5時で終わりらしく、仔鞠は兄から貰ったばかりのポータブルゲーム機を片手に、形ばかりの鞄をもう片手に持つと席を立った。
「…さて、今から帰ればおにーやんの帰宅と丁度重なるかな」
「は? つか、仔鞠が今まで学校に残ってた理由ってそれ?」
「ん。今日鍵持ってくるの忘れたんだよ。おにーやんにメールしたら今日は五時までいっちゃんに軟禁されるって言ってたし」
 仔鞠の台詞に、そう言えばと勇人も納得する。
 仔鞠もだが、兄の雅弥だって必要以上に学校に止まる事はしない。
その彼がさっき情報処理科と美術科の近くの自販機の前を偶然通りかかるなど珍しい事この上ない。
「んじゃ、送ってくよ。帰りに先輩に寄ってくれって言われてるし」
「おー。帰り楽出来るー」
 自転車通学の勇人と徒歩通学の仔鞠。
 当然、自転車の方が楽で早いから、仔鞠は楽が出来ると両手を挙げる。
けれど、楽も何もあったものではなく、仔鞠が自宅とするマンションは学校から肉眼で確認できる程近い。
それ故に仔鞠は徒歩通学という手段をとっているのだけれども。
 まぁ、徒歩五分の距離をバイク通学する雅弥と比べると、仔鞠の行動は至極真っ当に見える。
「そーいやぁさ、なんで先輩軟禁なんてされたんだ?」
 自転車を出しながら仔鞠に問えば、仔鞠はんーと呻くと首を傾げた。
「確か、おにーやんが前にプログラムしたシステムを汎用化したいからうんたらとかいう理由だったかな? いっちゃんじゃなきゃ断ってたらしいし」
 朝の兄との会話を思い出しながら言えば、勇人は納得したように相槌を打つと、籠に自分の鞄とぺしゃんこの仔鞠の鞄を入れた。
 仔鞠を後ろに乗せて自転車を走らせていれば、後ろから聞き慣れたバイクの音。
瞬く間に勇人と仔鞠を乗せた自転車に近づくと、追い抜きざまに何かをぽいっと投げられる。
勇人と同じ学生服を身に纏って、真っ黒の車体に特注のシルバーのタイヤを使ったバイクに乗る人間など、勇人の知る限り仔鞠の兄である雅弥しか居ない。
投げられた品を器用に受け取った仔鞠は、両手を開くと楽しそうな声を上げる。
「やっほい。流石おにーやんだね。つか、抜かれた。勇人ー全力漸進! おにーやんを抜き返せ―!」
「無茶言うな! 相手はバイクでオレはチャリだから!」
「勇人なら出来るって信じてるさ」
「そんな信頼はいらねぇ」
 雅弥から投げ渡されたのであろう飴(仔鞠の好物のそりゃぁ高い直輸入品)を頬張りながら仔鞠は勇人を急き立てた。
(あー…飴を投げたって事はあれか、先輩抜く気満々だったな…)
 本来であればあのシスコンを通り越した溺愛する妹の配慮を無下にすることなく仔鞠と丁度良いタイミングで帰る予定だったのだろう雅弥が、それをせずに追い抜いていったと言うことは余程火急の用か何かか。
 何はともあれ、仔鞠の気遣いを無下にするという時点で、雅弥の仔鞠のご機嫌取りが発動するのは火を見るより明らかだ。
現に、仔鞠は抜かれた事を気にするでもなく、嬉しそうに飴を頬張っている。
「まぁ、飴ちゃんに免じて追いつくのはいいや。ゴーホーム!」
「へいへい」
 呑気に言う仔鞠に、勇人も適当に相槌を打つ。
この後、マンションに着いた後の雅弥の問題発言など知るよしも無く。

***

 自転車を来客用の置き場に停めて仔鞠のペースに合わせてエレベーターへと向かう。
 勿論、エントランスでインターフォンを鳴らし、兄と幾ばくかの会話をしたのは言うまでもない。
「おにーやん、らしくなかったなぁ…なんか嫌な予感」
 至極嫌そうに眉間に皺を寄せた仔鞠がぽつりと呟く。
仔鞠同様、自分のペースを崩さないあの兄がらしくなく慌てていれば当然かも知れない。
 逆に、異常が普通であるこの兄妹が普通に慌てている事を考えれば、空恐ろしい事実が待ち受けていることは、既に予測済み。
 エレベーターに乗り込み独特の浮遊感を体感すると、仔鞠と雅弥の住むマンションの一室に着く。
四季を問わず快適な温度に保たれた室内に足を踏み入れると、仔鞠は嫌そうな顔をして玄関口で立ち止まった。
「…? どうした? 仔鞠」
 仔鞠の目線を辿って下を見やれば、仔鞠の外出用の靴と、雅弥の靴、そして先程帰って来た時に履いていた黒の革靴の他に、見慣れない草臥れた靴が一足あった。