君ト描ク青空ナ未来 --完結--
5
翌日の朝、日高の奥様が一足先にお帰りになって、午後いつも通りに庭の掃除をしていたときだった。
「おい、君」
後ろから突然声をかけられて振り向くと、日高社長の姿。
「はい、何かご用でしょうか?」
怒りは外に出しちゃダメだ。
あくまで何もなかったかのように、取り繕う。
「君に話がある。私の部屋に来なさい」
こういう呼び出しは絶対に良い事なんて一つもない。
「従業員がお客様のお部屋に立ち入る事は禁止されてますので」
「なに、関係ない。千晴が決めたことだろう?」
「ですが、禁止は禁止です」
「いいから、早く来い!千晴にはあとで何とでも言ってやる。来るんだ!」
腕を掴まれて強引につれてかれた。
箒をその場に落として、引きづられるような格好で連れて行かれる。
なんか、前にもこんなことがあった。
行き着く先は、きっと地獄に決まってる。
バタン、とドアを力任せに閉める音がした。
日高社長の部屋の中。
「好きなところに座れ」
その声は、命令し慣れていることがありありとわかる。
「いいえ、結構です」
僕が断ると、日高社長はイライラしたみたいにソファーへとどっかり座った。
「名前は?」
「寺山といいます」
「寺山、寺山か・・・聞かない名前だな、下の名前は?」
「空流です」
なんだか、本当に取り調べみたいだ。
「父親は?」
「知りません、物心ついたときにはもう母と二人でしたので」
「知らない?本当に知らないのか?母親は?」
「父のことは一切言わず、数ヶ月前に他界しました」
「じゃあ何でここで働いてる?誰かのコネでもない限り働けるはずはない!」
なんで、こんなことまで言わなくちゃいけないんだろう・・・?
お客様で、偉い人だからって、人の領域にずかずかと踏み込んで良いはずがないのに。
「誰のコネだ?」
ここで俊弥さんの名前を言ってしまったらなんだか俊弥さんの名前まで傷つけてしまいそうな気がした。
「そこまで言う必要はないかと思います」
「口答えをするな!黙って私の質問に答えればいいんだ!」
日高社長は余計にイラだってきてる。
「その服は自分で買ったものか?」
「いいえ」
「千晴たちか?」
「いいえ」
「じゃあ誰に買ってもらったものだ?」
答えなかった。いや、答えられなかった。
こんな人の前であの人の名前を出すなんて耐えられなかった。
あの人の名前を汚してしまうような気がしたから。
でも、その沈黙は最低な方向に勘違いを生んだようだった。
「やっぱりそうか」
それは嘲りを含む確信に満ちた声。
「体を売ってきたのか?父親も母親もいない中でそうやって生きてきたんだろう?」
この人、なに言ってる・・・?
「シャツから靴まで海外の有名ブランド一色だ。いくら働いても自分ひとりで買えるものじゃなかろう?パロトンは誰だ?」
この服、そんなに高いものだったんだ・・・。確かに着心地いいし良いものだろうなとは思ってたけど、そんなに高いものだ何て思わなかった。
「何も答えないってことは図星か?だがいくら着飾ったところで生まれ持つ気品は変えられるもんじゃない、お前はここには不相応だ」
そんなことくらい自分でもわかってる。
こんな高級感漂うところで働ける気品なんてとてもじゃないけど持ってない。
でも働かなきゃ生きていけないんだ。
「一回いくらで体を売ってたんだ?いくらあればお前はここを出て行くんだ?」
万札がソファの前のテーブルに叩きつけられた。
ぱっと見だけど、10万円はある。
「好きなだけやるから、早くここを出て行ってくれ。私はお前のような存在にここを汚されたくないんだ!」
酷いことを言われてるのはわかる。
でも、なんだか悲しくもなかったし腹も立たなかった。
きっともう、そういう神経が麻痺してきたのかもしれない。
頭の中を真っ白にしておけば、こういう言葉が受け流せるって体が学習したのかもしれない。
コンコン、とノックが聞こえたのはそのときだった。
作品名:君ト描ク青空ナ未来 --完結-- 作家名:律姫 -ritsuki-