君ト描ク青空ナ未来 --完結--
24
「おはようございます」
「おはよう・・・ございます」
朝陽の中でお互いにそう挨拶をした。
空流の声が出るようになって初めての朝。
話ができる・・・。
そのことが、とても新鮮だ。
いつも通りに朝食を食べて、庭へ。
車椅子の生活は相変わらずだけど、話せるというだけで随分違う。
もともとそんなに饒舌な方ではないのか、自分からはあまり話さないけれど、話しかけるとちゃんと応じてくれる。
「この庭は気に入りましたか?」
「はい、この前も言おうと思ったけど、ここって全部庭なんですか?」
「ええ、そうです。庭といっても塀で囲まれてるわけではないので、どちらかというと敷地といった感じですけどね。」
空流が感心したようにため息をついて、庭の散策を続けた。
昼を食べて、午後は本を読んだりして静かに過ごす。
「誠司さま、お電話です」
そういわれるまですっかり忘れていた。
明日からは、また休暇前の生活に戻ると言う事に。
「喜田川からか?」
「はい」
「ああ、今行く」
空流に一言断ってから、書斎へ。
「私だ、待たせてすまない」
『いえ、明日の予定を確認しようと思いまして。携帯にかけましたが出ませんでしたのでこちらにお電話しました』
そういえば、携帯はどこかへとおきっぱなしにしたままだ。
「わざわざすまない」
『いえ、明日からの仕事の予定ですが、伊豆のシーサイドホテル開業の指揮をとるためにそちらの方へしばらく滞在をお願いします』
「わかった」
『では9時にそちらに到着するようにまいります』
「ああ、ついでに靴のブランドカタログを持ってこれるか?」
『はい、手に入りますが』
「それも頼む。」
『承知しました。それでは明日の9時に』
言い届けられるのを聞いてから電話を切った。
こちらにいる間は専用のオフィスがないから、多少はどうしてもここでも仕事をしなければいけない。
そうしたら、喜田川と空流も顔を合わせることになる。
・・・少し考えなければいけない・・・。
けれど、それより明日から仕事に行くことを空流に伝えなければ。
生活スタイルが違くなれば今までのように一緒に生活することも難しいだろう。
部屋を移して・・・あとそろそろ靴も買わなければ。
それは喜田川に頼んだもので十分だ。
やる事が山積みだけれど、空流のためならばそうであることは全然苦痛でなく嬉しかった。
部屋へ戻って、ソファに腰掛けて本を読む空流に声をかける。
「空流、ちょっといいですか?」
「はい」
返事をして、空流がこっちを向いた。
その表情が数日前とは全然比べ物にならないほど明るい。
声が出るようになったことが嬉しいのだろう。
つややかな黒髪に白い肌。美しいと形容するのが一番ふさわしいかもしれない。
男の子に向かってその褒め言葉もどうかと思うけれど。
「明日から、私は仕事が始まります」
「社長さん、ですか・・・?」
「まあ・・・伊豆のシーサイドホテルに今度着手しているのですがそれの指揮をとれといわれまして・・・っと、こんなことを話しても仕方ないですね」
「いえ、誠司さんがどんなお仕事をしてるのか、知りたいです」
そう言われて、少し脚色をつけて、どんな仕事をしてるのかを話した。
あまり聞いても面白い話ではないと思うけれど。
「それから、ホテルのオープン時にはいつも人を招いてパーティをしたりしていますね」
パーティとは名ばかりで、ホテル内に入れるレストランやらブティックやらの交渉合戦。
「パーティ、ですか?・・・本の中でしか見たことないです。」
実際は本の中にあるほど美しいものではないけれど。
「是非、今度一緒に行きましょう」
「楽しみにしてます」
そう笑って、話に区切りがついた。
「あと、あなたにそろそろ部屋を用意したいんです。これからは私と生活スタイルが違くなってしまうでしょうからそのほうが良いと思いまして。周りに人がいないとなると不便なこともあると思いますが、いいですか?」
「え・・・僕が個室なんか使っていいんですか?」
驚くところが違くて新鮮だ。
「もちろんですよ。夕食が終わったら案内します。あなたが最初にここに来たときに寝ていた部屋です」
「はい・・・誠司さん、本当に、ありがとうございます・・・ちゃんと声にしてお礼を言ってなかったけど、誠司さんに会えて本当に良かったです。こんなに良くしてもらえるなんて・・・なんて言っていいか・・・」
「いいえ、私もあなたがここに留まってくれて嬉しいですよ。見ての通り寂しい人間ですからね」
冗談交じりにそう言って、話を終わらせた。
そろそろ夕飯の時間だといって加川が扉をたたく時間だから。
作品名:君ト描ク青空ナ未来 --完結-- 作家名:律姫 -ritsuki-