VARIANTAS ACT8 赤銅騎
「ストップ!! 聞きたい事があんのなら、あいつに聞きな…。お前さんは『あいつ』のイクサミコだろ?」
彼女は一瞬目をつむり、術長の顔を見た。
「行ってきな」
彼女は無言で出て行った。
言葉は要らない。
すべき事は一つだったからだ。
術長がぽつりと呟いた。
「せがれが生きてりゃ、あいつ位の歳か…」
彼は缶コーヒーを一気に飲み干してから、すっ…と立ち上がった。
そして作業場に戻り、場内の一区画に繋がるスピーカーのマイクを手に取った。
「野郎ども!今してる作業は後回し!趣味の時間だ!」
場内から、妙に嬉しそうな返事が返ってくる。
術長は、ニヤリッと、何かを企んでいるかのような、そんな笑い顔をした。
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捜す宛も無いのに、どうして捜そうと思ったのか、彼女自身分からなかった。
全てのドックを捜して回り、途中、数人の人間に聞いたが、彼を知っている者は誰もいなかった。
ゲージにも行ってみた。
1番、2番と見て行ったが、やはり彼はいなかった。そして25番を見たとき、そこに明かりが点いているのに、彼女は気が付いた。
「25番…ゲージ…」
中に入ると、そこには一機のHMAが。
赤銅色のその機体は、よく磨き上げられており、鋳物の銅の様な輝きを放っていた。
「綺麗だろ?」
彼女は機体の足元の影にビンセントを見つけると、彼に問うた。
「…これは?」
「ロンギマヌス…俺がずっと乗ってた機体だよ…」
彼女は機体を見上げてから、彼に問う。
「貴方に質問があります」
「…ん?」
「あの機体を、しっかり制御出来なかったのは、私の責任なのでしょうか?」
「……」
沈黙するビンセント。
「…私は、貴方の支援ユニットとしてスペックを発揮できません…」
俯く彼女。
そんな彼女に、彼は言った。
「機体(ハード)は、最適な人員(ソフト)を内包して、始めてスペックを最大限に発揮する。しかし〈ソフト〉は、OS(パイロット)とアプリケーション(イクサミコ)のどちらが欠けてもならない…」
「え…?」
「俺が尊敬するメカニックの言葉さ…おまえさんが悪い訳じゃない」
彼はそう言うと彼女に、一枚のディスクを渡した。
「これは?」
「コイツの起動ディスクだ…。人は死ぬとき、今までの記憶全てを失っちまう…でも機械なら、その記憶を受け継ぎ続ける事ができる…」
「では、この中には…」
「コイツの…ロンギマヌスの、今までの記憶が全部入ってる…お前さんの中で…コイツを生きさせてくれ…」
「私の…中で…?」
「ああ」
「分かりました」
彼女はディスクを受け取り、力強く頷いた。
接続端子を首のジャックにつなげる。
リーダーにディスクを差込み起動。
そしてゆっくり目を閉じ、ディスクを読み込み始めた。
その様子を、見守るビンセント。
彼は夜通し、彼女の傍にいた。
************
朝―
彼はゲージ内の長椅子の上で目覚めた。
彼女がデバイスにディスクを挿入し、読み始めてから一晩中見守っているつもりだったが、いつの間にか眠ってしまっていた。
気づけば彼には、毛布が掛けられていた。
周囲を見回すビンセント。
だが、彼女の姿は無かった。
「おーい…」
返事が無い。
もう一度呼ぼうとしたその時だった。
「おはようございます」
彼の背後から爽やかな声。
振り返る彼。
「ん…あれ? 読み終わったの?」
「はい」
笑顔の彼女。
「どうだった?」
彼女は少し頬を赤くさせて言った。
「以前より、貴方を身近に感じるような気がします…」
ドキリ。
「(なんだ、コイツ。スッゲー可愛いぞ?)」
逃げ腰のビンセント。
「…うん…それはよかった…じゃあ俺…」
なぜか照れた顔の彼がそう言って立ち去ろうとしたその時、彼女が彼の上着を掴んだ。
「どした?」
「あの…非常に個人的な事で申し訳無いのですが…」
「ん?」
澄ました表情の彼。
「私にも、名前を付けてくれないでしょうか?」
ビンセントは、そう言う彼女の顔を見つめ、少し考えてから言った。
「んじゃあ『イオ』」
「イオ?」
「俺が好きな星の名前」
彼女は笑顔で答えた。
「認証しました」
その時。
「よろしくやってるじゃねえかビンセント…」
術長が扉を半分開けて、ビンセント達を見ている。
「うお!? 何時からそこに居たんだよ!?」
「さっきから…」
術長の目の下には、クマが出来ていた。
「ドックで待ってるぞ…お前の、ロンギマヌスが…!」
「術長…」
「あ?」
「あんがと」
ビンセントはそう言うとイオの手を引いてドックへ向かった。
ドッグへ駆け込む二人。
そしてそこには、赤銅色に塗られたあの機体があった。
「こいつぁ…」
自然に笑顔になるビンセント。
「ビンセントさんってあんた?」
一人の若者がビンセントに話し掛けた。
「ん?」
「術長から聞いてるよ。俺の事はサブと呼んでくれ」
「コイツは?」
「『ロンギマヌス二世』って術長は言ってたけど、何の事やら…。グラビティドライブを大型のプラズマドライブに換装してある。パワーウエイトレシオ、0.6以下のじゃじゃ馬…ってあれ?」
ビンセント達は既に機体に乗り込んでいた。
「イオ、機体起動!」
「了解」
機体が起動し、歩いて場外へ。
整備部の施設の窓から、技術者達が見守る中、彼は機体を走らせ、空へ舞い上がって行った。
上昇を続ける機体。
以前と同じ様に、あっという間に天井部へ。
「イオ…」
「はい?」
彼は機体を静止させた。
「ロンギマヌスの記憶…君の一部になれてよかったと思うよ…」
「私も、嬉しいです」
互いを確認しあう二人。
彼は、機体を急降下させ始めた。
迫る地面。
以前にも増して、その加速度は強く、そして鋭く…
機体はそのままの速度を維持し、地面へ迫った。
「まずい!墜ちる!」
誰かが言った。
見ていた技術者の誰もがそう思った、その時だった。
直角に機動を変え、地面と水平に飛行する機体。
機体はくるりと回転し、背面飛行をしている。
強力な推進力で、滑るように飛行する、ロンギマヌス。
その瞬間、顔を強張らせていた技術者達から歓声があがり、指笛や拍手の音があたりに響いた。
「全く、とんでもねぇ野郎だな、アイツは…!」
驚嘆の意を隠せないでいるサブ。
ビンセントの駆るロンギマヌスは、地面を離れ空へ。
雲が尾を曳き、赤銅色の巨人は、彼と彼のイクサミコ、『イオ』を乗せ、軽やかに舞い踊った。
「なぁ、イオ…」
「はい」
「ありがと」
ビンセントは満面の笑顔で彼女に感謝。
「いえ、貴方こそ…名前をくれて、そして修理してくれて…ありがとう…」
微笑むビンセント。
「行こう、イオ!」
「はい!」
機体を自由に駆る彼。
彼は心の中で言った。
「(おかえり…ロンギマヌス…)」
[ACT 8]終
作品名:VARIANTAS ACT8 赤銅騎 作家名:機動電介