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VARIANTAS ACT8 赤銅騎

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「ストップ!! 聞きたい事があんのなら、あいつに聞きな…。お前さんは『あいつ』のイクサミコだろ?」
 彼女は一瞬目をつむり、術長の顔を見た。
「行ってきな」
 彼女は無言で出て行った。
 言葉は要らない。
 すべき事は一つだったからだ。
 術長がぽつりと呟いた。
「せがれが生きてりゃ、あいつ位の歳か…」
 彼は缶コーヒーを一気に飲み干してから、すっ…と立ち上がった。
 そして作業場に戻り、場内の一区画に繋がるスピーカーのマイクを手に取った。
「野郎ども!今してる作業は後回し!趣味の時間だ!」
 場内から、妙に嬉しそうな返事が返ってくる。
 術長は、ニヤリッと、何かを企んでいるかのような、そんな笑い顔をした。




************




 捜す宛も無いのに、どうして捜そうと思ったのか、彼女自身分からなかった。
 全てのドックを捜して回り、途中、数人の人間に聞いたが、彼を知っている者は誰もいなかった。
 ゲージにも行ってみた。
 1番、2番と見て行ったが、やはり彼はいなかった。そして25番を見たとき、そこに明かりが点いているのに、彼女は気が付いた。
「25番…ゲージ…」
 中に入ると、そこには一機のHMAが。
 赤銅色のその機体は、よく磨き上げられており、鋳物の銅の様な輝きを放っていた。
「綺麗だろ?」
 彼女は機体の足元の影にビンセントを見つけると、彼に問うた。
「…これは?」
「ロンギマヌス…俺がずっと乗ってた機体だよ…」
 彼女は機体を見上げてから、彼に問う。
「貴方に質問があります」
「…ん?」
「あの機体を、しっかり制御出来なかったのは、私の責任なのでしょうか?」
「……」
 沈黙するビンセント。
「…私は、貴方の支援ユニットとしてスペックを発揮できません…」
 俯く彼女。
 そんな彼女に、彼は言った。
「機体(ハード)は、最適な人員(ソフト)を内包して、始めてスペックを最大限に発揮する。しかし〈ソフト〉は、OS(パイロット)とアプリケーション(イクサミコ)のどちらが欠けてもならない…」
「え…?」
「俺が尊敬するメカニックの言葉さ…おまえさんが悪い訳じゃない」
 彼はそう言うと彼女に、一枚のディスクを渡した。
「これは?」
「コイツの起動ディスクだ…。人は死ぬとき、今までの記憶全てを失っちまう…でも機械なら、その記憶を受け継ぎ続ける事ができる…」
「では、この中には…」
「コイツの…ロンギマヌスの、今までの記憶が全部入ってる…お前さんの中で…コイツを生きさせてくれ…」
「私の…中で…?」
「ああ」
「分かりました」
 彼女はディスクを受け取り、力強く頷いた。
 接続端子を首のジャックにつなげる。
 リーダーにディスクを差込み起動。
 そしてゆっくり目を閉じ、ディスクを読み込み始めた。
 その様子を、見守るビンセント。
 彼は夜通し、彼女の傍にいた。



************



 朝―
 彼はゲージ内の長椅子の上で目覚めた。
 彼女がデバイスにディスクを挿入し、読み始めてから一晩中見守っているつもりだったが、いつの間にか眠ってしまっていた。
 気づけば彼には、毛布が掛けられていた。
 周囲を見回すビンセント。
 だが、彼女の姿は無かった。
「おーい…」
 返事が無い。
 もう一度呼ぼうとしたその時だった。
「おはようございます」
 彼の背後から爽やかな声。
 振り返る彼。
「ん…あれ? 読み終わったの?」
「はい」
 笑顔の彼女。
「どうだった?」
 彼女は少し頬を赤くさせて言った。
「以前より、貴方を身近に感じるような気がします…」
 ドキリ。
「(なんだ、コイツ。スッゲー可愛いぞ?)」
 逃げ腰のビンセント。
「…うん…それはよかった…じゃあ俺…」
 なぜか照れた顔の彼がそう言って立ち去ろうとしたその時、彼女が彼の上着を掴んだ。
「どした?」
「あの…非常に個人的な事で申し訳無いのですが…」
「ん?」
 澄ました表情の彼。
「私にも、名前を付けてくれないでしょうか?」
 ビンセントは、そう言う彼女の顔を見つめ、少し考えてから言った。
「んじゃあ『イオ』」
「イオ?」
「俺が好きな星の名前」
 彼女は笑顔で答えた。
「認証しました」
 その時。
「よろしくやってるじゃねえかビンセント…」
 術長が扉を半分開けて、ビンセント達を見ている。
「うお!? 何時からそこに居たんだよ!?」
「さっきから…」
 術長の目の下には、クマが出来ていた。
「ドックで待ってるぞ…お前の、ロンギマヌスが…!」
「術長…」
「あ?」
「あんがと」
 ビンセントはそう言うとイオの手を引いてドックへ向かった。
 ドッグへ駆け込む二人。
 そしてそこには、赤銅色に塗られたあの機体があった。
「こいつぁ…」
 自然に笑顔になるビンセント。
「ビンセントさんってあんた?」
 一人の若者がビンセントに話し掛けた。
「ん?」
「術長から聞いてるよ。俺の事はサブと呼んでくれ」
「コイツは?」
「『ロンギマヌス二世』って術長は言ってたけど、何の事やら…。グラビティドライブを大型のプラズマドライブに換装してある。パワーウエイトレシオ、0.6以下のじゃじゃ馬…ってあれ?」
 ビンセント達は既に機体に乗り込んでいた。
「イオ、機体起動!」
「了解」
 機体が起動し、歩いて場外へ。
 整備部の施設の窓から、技術者達が見守る中、彼は機体を走らせ、空へ舞い上がって行った。
 上昇を続ける機体。
 以前と同じ様に、あっという間に天井部へ。
「イオ…」
「はい?」
 彼は機体を静止させた。
「ロンギマヌスの記憶…君の一部になれてよかったと思うよ…」
「私も、嬉しいです」
 互いを確認しあう二人。
 彼は、機体を急降下させ始めた。
 迫る地面。
 以前にも増して、その加速度は強く、そして鋭く…
 機体はそのままの速度を維持し、地面へ迫った。
「まずい!墜ちる!」
 誰かが言った。
 見ていた技術者の誰もがそう思った、その時だった。
 直角に機動を変え、地面と水平に飛行する機体。
 機体はくるりと回転し、背面飛行をしている。
 強力な推進力で、滑るように飛行する、ロンギマヌス。
 その瞬間、顔を強張らせていた技術者達から歓声があがり、指笛や拍手の音があたりに響いた。
「全く、とんでもねぇ野郎だな、アイツは…!」
 驚嘆の意を隠せないでいるサブ。
 ビンセントの駆るロンギマヌスは、地面を離れ空へ。
 雲が尾を曳き、赤銅色の巨人は、彼と彼のイクサミコ、『イオ』を乗せ、軽やかに舞い踊った。
「なぁ、イオ…」
「はい」
「ありがと」
 ビンセントは満面の笑顔で彼女に感謝。
「いえ、貴方こそ…名前をくれて、そして修理してくれて…ありがとう…」
 微笑むビンセント。
「行こう、イオ!」
「はい!」
 機体を自由に駆る彼。
 彼は心の中で言った。
「(おかえり…ロンギマヌス…)」



[ACT 8]終